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grille

時間をかけて火を通し、柔らかく仕上げました。

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リーサルドーズオブヘイト(寂乱)

 ぐちゃぐちゃになりたい夜は、何も持たずにアトリエを出る。適当に汚れたオーバーサイズのパーカーはフードまでかぶって、金目のものは持たず、誰とも目わせず、大袈裟に人を避けながら早足で歩けば、わざと治安の悪い道を選んだって怖いことなんてない。それでも声をかけてくるのなんて汚くて臆病な酔っ払いのおっさんくらいだから、沢山ある交番の場所さえ把握しておけば犯罪抑止のボランティアまでできてしまうのだ。

「ボクってエラ〜い!」

 ぐちゃぐちゃになりたい夜は、シブヤからシンジュクまで歩く。

 決してこの身を許さない男の匂いを探す。

リーサルドーズオブヘイト

「ふぅ、」

(シンジュクってどっからどこまで?)

 しばらく歩いて見上げるビル群にはまさしく、摩天楼という言葉がよく似合う。夜の照明は煌びやかに、神をも恐れぬ風情で堂々と立ち並ぶ。忌々しいという感情しか湧かない、でもそれでいい。これが欲しかったのだから。

 人の減った夜の交差点に浮き上がる、横断歩道の白い部分だけ踏んで歩いてみる。けれど、同じように遊んだいつかの夜のワクワクした気分は、もう戻ってはこなかった。悲しい夜を重ねたつま先は重く、白線からはみ出しただけで泣き出しそうだった。

 楽しかったこと、嬉しかったこと全部を、綺麗な色の嘘にする憎悪の眼差し。あれを知ってから、楽しいはずの気分が褪せていく速度が速い。

(寂雷はきっとボクのこと、壊れないおもちゃだと思ってたよね)

 ビルの航空障害灯は赤く明滅して乱数を威嚇する。

(でもさぁ、強い力で手首を握られても、腰を掴まれても、泣かなかったのは、別に)

 二人で幸せになる方法だけは、最後までわからなかった。

(平気だったから、ってわけじゃ、無いんだけど)

 だからせめて、せめて不幸にならないように、孤独を奪い合うみたいにぶつけた肌の熱さを。

(ボクが泣いたらお前はきっと、触ってくれなかったし?)

 失ってからこっち、ずっとなんだか、背中が寒い。

 思いやりなんてどこにもなくて、ぶつかるみたいにふれあった。痛みしかない夜は空に投げても星にはなってくれず、重力に従って墜落するせいで心はボコボコだ。

(どうせ酷くするならいっそ、壊してくれたらよかったのにさぁ)

 月の裏側みたいに。

(ボクはコワレモノなんだって、知らしめてやればよかったなぁ) 

 シンジュクの街は警告する。番犬のように牙をむく。これ以上足を踏み入れるなと。

「でもそうすると、アイツの後悔したカオ見れないねぇ」

 飴は舐めるものだと何度言っても聞かなかった男は、今夜もこの街のどこかで優しい顔をしているに違いない。そう思うと、腹の底がうずく。

 心も体も作り物なら、こんな気持ちになりたくなかった。綺麗なもの、かわいいもの、いい匂いのもの、甘いもの、幸せしか感じられないように作ってくれればよかったのに。そうすれば、あの腕と長い髪の檻の思い出だけで、なんの屈託もなく、笑っていられたのに。

「あ〜あ!つまんなくなっちゃった!」

 突然上がった大きな声は深夜の街に響き、数少ない通行人がチラチラと視線をよこす。そのうちの1人はひどく酔っ払った女性で、「わかる〜!それな〜!」と言いながら乱数のそばへ寄ってきた。

「オネーさんもつまんないの?」「そそ!も〜酒飲むしかすることねぇ!」「あは!大変そー!」

 誰とも知らない人間に、適当な相槌を打って遊ぶのは嫌いじゃないから。

「……飴村くん?」

 それを邪魔するヤツは嫌い、で、良いのだ、多分。

 低い声が鼓膜に染み付いているせいで、見なくても誰か分かってしまう。

 どうしてこんな簡単に、見つかってしまうのか、この男にはきっと死ぬまでわからないんだろうと思う。

 その足の選ぶ道を、頭よりも、身体よりも、心が覚えている。

 振り向こうとするとき、自分のまぶたに、頬に、唇に願う。

 できるだけ、でいいから、どうか上手に笑ってくれと。

「こんな時間に何をしているんです」

「うるさ〜い!ジジイは寝る時間じゃないのぉ?」

 酔っ払いの女性は、缶チューハイを片手にもう何処かへ行ってしまった。

 風の吹かない新宿の街中にあって、長い髪は針金のように真っ直ぐだった。ただ、その長い脚が動くのに合わせて、微かにさらりと揺れてみせる。

「みだりに此処の治安を乱さないでもらえるかな」

 忌々しさを隠さない表情を見るたびに思う。きっとこの男にこんな顔をさせるのは自分だけだと。

(なんでそんな顔するのさ)

 腹立たしくて、悲しくて、苦しくて、誇らしくて、嬉しくて。

(もう僕のことなんてどうでもいいくせに)

 そして少しだけ切ない。

(わっかんね〜)

「自分のディビジョンに帰りなさい」

 諭すような言葉の、声色は優しくなんてない。細められた眼差しは透き通って冷たいのに、完全燃焼の静かな炎の色だ。

「やぁだよ!ばーか!」

 膨らんだ憎しみを同じ大きさで打ち返すのは疲れるんだって、わかってるのかな?わかってないよな。

「ハァ」

 ため息の音は嫌いだ。逃げるのは幸せじゃない、自由だ。ぱし、と掴まれた部分から血が沸いて、全身が。

(あつい)

「……なぁに?相手してくれるの?」

「……とりあえずこっちにきなさい」

 ぐちゃぐちゃになりたい夜は、シブヤから、シンジュクまで歩く。

 今日で全てが終わればいい、だなんて、思ってもいない願いと手を繋いで、くるくると踊りながら。

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