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grille

時間をかけて火を通し、柔らかく仕上げました。

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片道40分(銃ニ)

「行ってきまぁ〜す!」

 家のドアを勢いよく開けて駅に向かって駆け出すとき、改札までがひどく遠く感じるようになったのは、きっとあの人に出会ってから。

片道40分

 イケブクロ・ディビジョンからヨコハマ・ディビジョンまでは、一本で乗り換えなし。ヨコハマへのお使いを何度も買って出ていたら、急行の時刻を覚えてしまった。二郎は迷路のような駅を迷いなく早足で進み、ICカードでピッと改札を鳴らした。羽の生えたような身軽さで階段を下り切るとき、ちょうど減速でホームにやってくる電車の正面と目が合った。

(やった!ジャスト!)

 微妙な時間の乗車率は、座席が埋まるか埋まらないか、というところ。誰かと誰かの隙間に身をねじ込むよりも、人のいない扉の脇に場所を取るほうが気が楽だ。

 聴き慣れた電子音、閉まる扉、走り出す電車の中で、二郎はいつも、スマホとにらめっこをする。

(どーしよ)

 こんな日はいつもこうだ。メッセージアプリを立ち上げて、同じヒトのトークルームを眺める。“入間さん”のアイコンには赤い目のウサギがいて、いつだって二郎をじっと見つめる。

 今日のお使いは、モトマチまでの届け物だ。宅配便では間に合わないとか、頼みづらいものとか、比較的よくある依頼である。もちろん中身が違法でないか、兄の確認済みである。

(忙しーかな)

 いくつも駅を飛ばす急行だから、一度の停車で人の出入りは多い。けれど開かない方のドアに身を寄せていれば、難なくやり過ごすことができた。

(どーしよーかな)

 いつもこうだ。ヘッドホンから1番最近作ったプレイリストを流しながら、ずっとトークルームを眺めている。前回の短いやりとりを眺めるだけでニヤニヤしてしまう。二郎が教えた無料スタンプの使い方がちょっとズレているのがなんだか可愛い。

 そんなことを考えているうちに、多摩川を越える。幅広の河川はだいたい穏やかに流れて、所々河川敷で子供が遊んでいるのを見るのは好きだった。

(……サッカーやってる)

 連絡する用事が全くないわけではない。以前に借りたCDをボディバックに忍ばせている。だから”今日そっちに用があるんだけど、借りてたCD返せますか?”とだけ送るのは、何もおかしいことはないのだ。

 おかしいのは自分の心だ。会いたいのに、会いたいと伝えることができない。キーボードに手を置くと、心臓がうるさくなる。

(あ、)

 ちょうどいいのか、悪いのか、ランダム再生にしていたプレイリストが、銃兎から借りたCDに収録されていた曲を流し始めた。二郎だったらきっと聞かない、少ししっとりとした洋楽。

(やば)

 聴きながら、なんか声が似てるな、なんて思ったことを思い出して、耳の先が熱くなった気がする。

 他のディビジョンの、しかも敵対している相手に対して、こんな気持ちになるのはおかしい。そんなこと、自分が一番よくわかっている。でも、ずるいのだ。

 バトル中は闘争心剥き出しで、手加減なんて知りませんって顔。鋭いライムで高ダメージのリリック、独特のフロウは本当、パトカーのサイレンみたいに響く。

 なのに一度ステージを降りたら、涼しい顔で「まだ若いんですから、無茶はしないほうがいいんじゃないですか?」なんて。嫌味のつもりだったかもしれないけど、二郎はその瞳の奥に、少し申し訳なさそうな、切ない揺らぎを見たのだ。

 兄は左馬刻を嫌がるし、三郎は警戒心が強い。となると必定、こちらからは二郎が出ることになり、向こうからは銃兎が出てくる。一対一のやりとりをすると思う。多分この人、優しい人だ、と。

 会いたいと思う。顔が見たいとか。タバコは得意じゃないけどあの人のそれは嫌いになれなくて、眼鏡の奥の瞳が、優しいお兄さんになる一瞬がほしい。

(よし!)

 返事がなくても、断られてもヘコまない!そんな小さな決意を胸に、二郎がキーボードに指を乗せた、そのときだった。

「…ウソ」

 思わず口から漏れた声は、駅名をコールする車内放送と重なったから、誰の耳にも届きはしなかった。

 ポン、とあまり可愛くないスタンプのあと、“近く、こちらに来る予定はありますか?”というメッセージ。今まさに、と即答で返事をしたいのに、驚きで指にそれが伝わらない。既読をつけてしまっているから、早く返したいのに。

(っ!)

 落ち着きのない指先は、スタンプもうまく探せない。急いだせいで”いまからいく!”と全部ひらがなの、勘違いされそうな返事をそのまま送ってしまう。

(あ〜!ちがくて!どーしよ!)

 既読がすぐについてしまうからさらに慌ててしまい、上手い説明が思いつかない。

(え〜っと、今日はおつかいで、もともとそっちにいく予定があって、)

 どうしたらちゃんと伝わるのかなんて、考えれば考えるほどわからない。うろたえる二郎のスマホに、またぽこんと新しいメッセージ。

“もしかして、萬屋のお仕事ですか”

 なんて察しがいいんだろう!半ば感動しながら丸の形をしたスタンプを送ると。

“それでは、用事が済んだら連絡ください”

(やった!)

 軽くガッツポーズをしながら、今度はOK!と書かれたスタンプを送ると、“お仕事頑張って“と一言。感謝の意を伝えるスタンプを返すと、既読がついてやり取りは終わった。

「……はぁ」

 急展開に、思わずため息をつく。路線案内をするモニターを見上げると、もう下車駅は近い。

 よく考えたら会う約束はしていない。でも期待はできる。してしまう。すると、なんだか急に、荷物が軽い。

「へへ」

 誰にもバレないように小さく笑いながら、二郎は銃兎からのメッセージの最後を、するりと優しく撫でた。

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