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浅い息が途切れながら小さく部屋に響いている。小さな灯り一つの部屋に、二人分の影が重なって伸びていた。
「まったく」
自分より少しだけ小さい背中を後ろから抱き込んで、又兵衛は意地悪な溜息を長政の耳に吹き込んだ。
「こうやって溜めるから」
その手のひらは長政の雄を上手に握りこんで、的確すぎる快感を産みだしていた。
「イライラするんじゃないですか」
水気が増すせいでどんどん卑猥な音が大きくなっていく。
「う、るさ、あぁ」
まだこのふざけた行為が始まってそう時間は経っていないのに、簡単に高まってしまう自分の体が情けない、と長政は思う。
男に、こんな風にいいようにもてあそばれて、悦ぶ身体なんて欲しくなかった。
「我慢はよくないですよ、若」
直接鼓膜に触れるような、耳の奥に響くその声に、背中がぶるっ、と震える。
「ま…たべぇ…ンッ…」
そして、長政は又兵衛の手のひらに欲をぶちまけた。
(いつまで、)
吐き出した瞬間の眠気に抗うことはできずに、重くなる瞼に抵抗する力はなかった。
(いつまで、こんな)
こんな意味も理由も分からない行為が続くのか、そう一人心の中でつぶやく長政の、力の抜けた体を支える又兵衛の胸の体温が背中に伝わって、それだけは優しい気がした。
無防備に自分の胸に体を預ける長政に苦笑いしながら、汚れた自分の手のひらを拭って、そっと寝かせた。
こうして主君の性処理を、無理矢理買って出るようになってもうしばらくたつ。こういう行為をあまりしない彼を弄ぶのは簡単で、無駄な抵抗して体力を使うのか終わるとすぐ眠ってしまうから気まずくならないのが好都合だった。
無防備すぎる寝顔を見ながらその頬を撫でたくなる衝動を、優しく甘やかしたくなる欲望をぐっと押さえて立ち上がる。
「またべぇ」
引き止めるような寝言に後ろ髪を引かれながら、起こさないようにそっと扉を閉めた。
今のように自分の名前を甘い声で呼びながら、一人で切なく喘ぐ長政を見つけてしまったあの日を、思い出しながら。
////////////////////
その日はどうにも長政の様子がおかしかったのを覚えている。なかなか嘘がへたくそな若者で、明らかにそわそわしているのは家中のほとんどが気付いていたと思う。
だから夜、部屋に向かったのだ。まさかあんなものを見るとは少しも考えずに。
部屋の前、灯りが薄くともっているのを確認して、声をかけようと息をすうっ、と吸い込んだその時、沈黙の中にかすかに声が聞こえた。
苦しそうにも聞こえるが、荒い吐息に甘さが混ざっている。思わずごくりと唾を飲みこんだ。なぜだかここから離れられない。勝手に聴覚が研ぎ澄まされている。
(名前…?)
喘ぎながら、誰かの名前を呼んでいるようだった。それに気が付いた瞬間、捕えがたい嫌な感情にぼつりと火が付いたのがわかった。いったい誰の名前を。
「っあ、た…」
ここにとどまっていいことなど一つもある気がしないのに体が動かない。この若い主の秘密を一つ暴かなければ気が済まない。
だから耳を澄ました。自分の行為がどこかおかしいというのは、その時は分からなかった。
呼吸の音さえ聞こえる。自分の血が一部に集まるのを制御できないほどに、興奮していた。
そして、扉の向こうの薄明かりから、聞こえたのは。
「また、べぇ」
確かに彼の声帯はそういって切なく震えた。得体のしれない満足感が、又兵衛を襲った。
だからその扉を、開けた。
「呼びましたか、若」
その声に絶望と羞恥と興奮をないまぜにしたような顔をした長政の乱れた姿を、今もまだ鮮明に思い出せる。思い出すだけで頬が緩む。
「手伝ってあげますよ」
手を伸ばしたその体は、思っていたより熱かった。
それから機会をみては成熟したてのまだ少し幼さの残る肢体を弄んでいる。
そろそろ、手のひらに、感触が染みつきそうなくらいには。
////////////////////
長政はすぐに追い詰められる癖に、相変わらず抵抗をやめない。
今日も懲りずに又兵衛に追い込まれて、いやだやめろと言う癖に、突き放すことができないでいた。
「っも!やめろッ」
ぐちぐちと自身を直接握りこむ大きな掌とは別に、もう片方の手がうちももをさするから足がびくびくと勝手に震える。
「やめろって、このままだとつらいのは若ですよ」
もういきそうなくせに、一度だって素直に快感に身を任せたりはしない。その態度が好ましく、そして煩わしい。
「う、るさ!あンッ」
「じゃぁ」
する、と長政の弱いところをひとつさすって、手を離す。しかしその両手で長政の太ももを左右に広げて、あられもない姿にする。
「自分でやってみてください」
又兵衛の耳に、息を飲む音が聞こえた。
「ッ!なんで!もういいだろ」
離せよと相変わらず強気な態度は想定済みだ。
「ここをこんなに固くして、そのまま寝られるんですか」
先ほどまで又兵衛に撫でまわされていた長政の雄は未だ天にむかって直立したままだ。ちょんちょんとつつけば長政の顔がゆがんだ。
「私に触られたくないなら、自分でさっさと終わらせたらいい」
耳に口を付けてそう言えば、単純な主君は自分の手のひらで、熱くなったそれをぎゅ、と握りしめた。
「ふっ、ううん…ッ…」
遠慮がちな水音がぐちゅ、ちゅぷ、と響いている。又兵衛は何も言わずにただずっと長政を見ていた。
「ん、ん、ふぅ…ウッ」
懸命に動かす手のひらの中、しかしそれは次第に萎え始めている。
「…若は」
又兵衛の手が長政の手をそっと包んだ。かと思うと、その一回りだけ小さな手ごと、長政の雄を激しく扱き始めた。
「…ッ!?ふぁッ…やぁ…」
また熱を取り戻すそれに、又兵衛がチッ、と舌打ちした。
「誰かに触られないと気持ち良くなれないんですか」
先ほどとは打って変わって、ぐちゃぐちゃと激しい音が部屋に響く。
「ちがっ!ちが…ッ!うぅっん!やぁあ」
否定しようとするのは口だけで、体は又兵衛の与える刺激にふるふると震えていた。
「どこでこんないやらしい身体になったんですか」
声が喘ぎにしかならないから、長政は、必死に首を横に振る。しかし又兵衛はそんな姿をあざ笑うような声で続けるのだ。
「自分で触るだけじゃぁ、駄目だなんて」
言いながら又兵衛の腹の底には、苛立ちがふつふつと生まれていた。
(この肌に触れた誰がが俺以外に、いる?)
攻める手が乱暴になる。合わせて長政の息遣いが荒くなる。自分の知らない長政が、心に大きな影をつくっていく。
「ッまたべ!またべぇ」
長政は何時も達する前に名前を呼ぶ。その声に引き戻されて少し強く刺激すれば、背中がびくりと突っ張って、そして力の抜けた体を自然に又兵衛に預けた。
苦しさと快感に歪んでいたのが解放されて、力が抜けたその表情はその安らかさに対してひどく扇情的だ。
軽くはないその体を寝床に横たえる。
「…だれに、」
苦虫を噛み潰したような顔を伺う人などいない。又兵衛のつぶやきは闇に消えた。
[newpage]
「長政はいるか」
久しぶりの出陣で黒田家が構えた陣に、聞きなれない声が響く。見慣れないその男は立派な戦装束をまとって堂々と、ずかずかと入ってくるから、屯していた足軽たちがざわざわ騒ぎ出す。
官兵衛はじめ黒田家家老の諸将はそれなりに忙しくしているからここにはいない。まずいな、と思いながら又兵衛はざわめきの中心に向かった。
「どなたか」
そう言って仰いだ顔に、見覚えは、あった。
「福島、といえばわかるか」
そこにいたのは、豊臣子飼いとして武功をあげ、ここのところぐんぐん出世しているという、福島正則その人が、いた。
「何の御用でございましょうか」
「長政はいるか」
その、顔は若さと自身にはちきれそうで、武士という言葉をそのまま人間にしたような男だと思った。
その男の口から気安く発せられた名前に、なにか嫌な気持ちになる。素直に案内する気持ちになれなくなる、自分の気持ちを持て余している。
「若…長政様は今官兵衛様と軍議をしておられるかと」
嘘ではない。しかし福島の名前を出せば呼び出せる可能性もある。いつもだったら自分はどうしていただろうか。同じように突っぱねていた?それとも伺いを立てたか?自分の判断の由来に思い当るのが怖い。
「…そうか、まぁ急用でもないしな」
その言葉に安堵する。しかし、跪いている又兵衛の眼前からその両足は消えない。
「お前、名は又兵衛か」
頭上からかかった声に、顔を上げると、背中に太陽の光を浴びて微笑んでいる。逆光でくらい顔の中で瞳がキラキラと眩しい。
立て、といわれて立ち上がると、その顔が良く見えた。
「長政が又兵衛、又兵衛とうるさいから、どんな男かと思っていたが」
値踏みするような表情ではない。相手からは敵意は感じない。意識しているのはきっと自分だけだ。
「長政が騒ぐのも無理ないな」
いい男だ、そう言いながらばしばしと又兵衛の肩を二つ叩いた。かと思ったらその手のひらで、叩いていた肩をぐっとつかんで又兵衛の体を引き寄せた。
「長政をあんまりいじめてくれるなよ」
大事な弟分だ、そう言う顔に真剣みが差す。
「確かにあいつは可愛くないてくれる、が」
その言葉に背中を殺気が走る。言葉の意味を図りかねて、相槌で冗談に変えることもできない。
「優しくしてやった時の顔の方が可愛いぜ」
そういって、にやりと挑発的に笑った。知らず拳に力が入り、思い切り握りしめていたのに気が付く。
「何のお話か、分かりかねますな」
思わず睨み返すと、真剣だった眼差しをおどけた表情に変えて、おお、こわい、と又兵衛と距離を取る。
「まぁ、長政によろしく言っといてくれ」
そう言って、来た時と同じようにドカドカと去って行った。
又兵衛はその背中が見えなくなるまで、睨み付けていた。
////////////////////
「そう言えば先日の陣中に福島殿が見えられましたよ」
あの時の戦が終わって、領地に戻ってきて数日たった。月を眺めながら酒を酌み交わす中で、又兵衛がポツリとそう伝えた。
「なんだと!なぜ案内しなかった!」
長政がこういう反応をするのはなんとなくわかっていた。だからだろうか、本当は話すつもりなどなかったのだ。しかしあんまり自分の胸につかえるから、話してしまえば楽になると、思った。
「若は殿とお話でしたし、福島殿も特に用事はないと」
「ずるいぞ又兵衛、俺も会いたかった」
素直に悔しがるその横顔に、人質時代を懐かしむのがわかって目をそらした。今日は月も雲に隠れて、少し暗い。
「福島殿の前では」
酒で少しだけ熱くなった、長政の身体をトン、と押す。倒れはしないが傾いた身体に体重をかければ動きを抑えることはできた。
「可愛く、なかれるらしいですね」
そう言って頬を撫でれば、その丸い瞳を見開いた。又兵衛はそれを、肯定だと思った。
「何、いって」
意地悪な顔をしながら、又兵衛は長政の身体を優しく撫でる。今までは触れなかったような性感を探し始めるその手に、長政は歯を食いしばった。
「どこにどう触れられて」
帯をほどく気配がする。
「どんな風に可愛くないたのか」
俺にも教えて、聞かせてくださいよ。そう言って又兵衛は長政の素肌に触れた。
首筋に口づけをしながら、左手はまだ薄い胸を撫でる。指先がその突起を探り当てて、ぐにぐにと捏ねはじめる。
右手は下半身に伸びて、褌の上から長政の雄に触れた。しかしするりと撫でるだけ撫でて、その手のひらは太ももに添えられた。
いつもはこうじゃない。又兵衛が長政を背後から抱き込んで、ただ一か所に触れて性を吐き出させて終わりだ。こんな、男女の睦言のような手のひらは知らない。
「ま、たべ?」
これから何が始まるのか怖くて、名前を呼べば、鎖骨を甘噛みして、顔を長政に向けた。
「若をこんな身体にしたのが、俺じゃないのが残念ですよ」
そう、つぶやく又兵衛の苦笑いはすぐに長政の視界から消えた。と思ったら、胸を激しく吸われて思わず息を飲む。
「ッ!?ひゃ!また、何っ!?」
じゅうじゅうと卑猥な音を立てて吸い付いたかと思うと、優しく舌先で転がし、噛みつく。もう片方はさっきから添えられていた又兵衛の左手がくにくにと捏ねる。違和感と痛みが少しずつ快感に変わっていく感覚が、怖い。
やめろと言いたい。快感は、こわい。しかし、酒の入った体のだるさと、慣れすぎた又兵衛の匂いに溺れたようになって、ただ弄ばれるしか、できない。
「わかりますか、若、固くなっているのが」
そういって、突起をペロリと舌先で舐めてから、太ももを撫でまわす右手が、褌の上を滑った。
「あっちもこっちも固くして、本当に」
仕方がないですね、そう言いながらその唇が長政の薄く割れた腹筋を撫でながら下に下がっていく。
「ッふ!」
その感覚がくすぐったくて、背中がのけぞる。肩が床に食い込んで、痛い。
「またべえ、だめ、だめ、あ、」
その唇がどんどん下がって、へそをかすめた。それよりも下は。
「なにがダメなんですか」
それとも、男の喜ばせ方も仕込まれましたか。
ひどいことを言われているのは分かるのに、言い返すこともできないままいいようにされている自分が情けなくて涙が出そうだ。
又兵衛が長政の褌に手をかけてするするとはぎとっていく。緩くたちあがった長政の雄に触れる空気が冷たかったのは一瞬だった。
「っ!ひゃぁ…ッぁ、ぁぁ」
冷たい空気が一変、熱い粘膜がそれを包んだ。経験のない感覚に背骨が逆側に湾曲してひときわ肩が床に食い込んだ。
太ももにさわさわとふれる又兵衛の髪の毛さえも長政に性感を与えてたまらない。先ほどまでいじめられていた胸がじんじんと痺れている。
「やめ、やめろ、いや、だ」
又兵衛の口の中で自分の肉棒と又兵衛の舌とが絡み合っている。いつも手で与えられている快感だけでもすぐに極まってしまうのに。
「はな、はなっ!せ!おいっい、んぅ」
又兵衛の口の中に出してしまうのが怖くてこらえるのに、そんな長政の思いをあざ笑うようにじゅう、と吸い付かれたら、もう駄目だった。
「あッ…!あ、やぁぁ、あ、ふ」
思い切り、吐き出してしまった。自己嫌悪と、理解できない又兵衛の気持ちに困惑しながらも、疲れ切った頭と体に途端にいつもの眠気が長政を襲う。
長政がいけば終わるのがいつもだったから、すっかり油断していた。
下半身の違和感に、沈みかけた意識が浮き上がる。今まで本当に誰も触れたことのないそこが、何かでしっとりと濡れていく。気持ちの悪さに閉じようとした足を、又兵衛が思い切り割開く。
「ま、たべ?」
応える声はない。その代わりに、後ろの穴を何かがつついた。
「っうん!?」
驚きに腰が震えて引いた。その腰を又兵衛が両手でぐいと引き戻して、また同じ場所に今度は何かが吸い付いた。
「こっら!よせ、何考えてん、だ!」
又兵衛は何も言わない。返事の代わりに何かが穴を犯しはじめる。又兵衛の舌が、ねじ込まれている。
「やぁ、何っ!何すんだっ…いぁッ」
これから自分がどうなってしまうのか、理解するのが怖くて考えないようにするのに、又兵衛はやめてはくれない。うちももが快感に震えるのも怖い。なのに。
「何って、ご存じでしょう」
そんなことを言いながら今度はその指をぐちぐちとねじ込まれる。少し慣らされたそこは、逆流する異物を思いの他簡単に受け入れてしまった。
(知らない、しらない)
こんな行為は知らない。快感は、怖い。
「誰のせいでこんな、淫らな体になったのか」
ぐちぐちと音を立てて、体内を犯す又兵衛の指の関節を感じる。奥に食い込めば食い込むほど、快感をとらえそうな体が長政を裏切っている。
「俺の、いない間に」
いやだ、ちがう、否定の言葉が頭の中で喚くのに、又兵衛にはひとつも届かない。こんな身体になったのは、快感が怖くなったのは。
「誰に触れられたのです、若」
その瞬間、長政は足に力をこめて又兵衛をけりつけると。その拘束から逃げ出して、自分の部屋へと逃げ込んだ。
着物のあわせを手繰り寄せて、部屋の真ん中にへたり込んだ。
「お前だよ」
扉の向こうに向けて、叫ぶ。
「俺をこんな風にしたのは、おまえだろうが!」
忘れたのか。
その響きは子供の鳴き声のようで、その時二人は同じ瞬間のことを思い出していた。
////////////////////
それは、長政が人質として長浜に向かうことが決まってすぐのことだった。幼い跡取りとの別れを惜しむ空気の流れる黒田家は、数日少し、覇気がなかった。
そんなある日のこと、まだ手伝いの者も目覚めない早朝、又兵衛の眠る部屋をトントンとたたく音が控えめに聞こえる。
こんな時間に遠慮なくこの部屋に来るのなんて、一人だけだ。
「どうしたんです、若」
扉をあけるとそこには、今にも泣きそうな顔で寝間着を握りしめる松寿丸がいた。
「ッ、またべえ、」
その姿と足の様子から、大体の見当はついた。
「小便ですか」
短い又兵衛の問いにふるふると首を横にふる。早熟だなぁと頭のどこかで思った。
「まずふんどしを洗いましょう」
そういって小さな体にそっと手を伸ばすと、触れたところからふるっと震えた。
「大丈夫ですから」
いきなりの体の変化にとまどって混乱しているのだろう。どうしていいのかわからずに、両親でも他の誰でもない自分のところに来たのは兄弟のように育ったためか。
その姿がとてもあわれに思えて、部屋に招き入れるために手を差し出すと、大人しく自分のまだ小さな手を乗せるのが純粋にかわいらしいと思った。
大丈夫ですから、そう言いながら自分が今まで寝ていた寝床に腰掛けさせる。
「褌を替えますか」
そう声をかけるが、一向に褌を外す様子はない。湿って気持ちが悪いのではないかと思うのだが。
「汚したなら替えないと」
自分の褌を出しながら、松寿丸の背中に話しかける。その言葉にふるふると首を横にふるから、褌は汚れていないのだろうか。
「どうされました」
そう、後ろから顔を覗き込んだ又兵衛の目に映ったのは、目を潤ませて眉根を寄せて、性感に耐える顔だった。
「どうしよう」
だめだだめだと、心の中で声がするのに
「またべえ、」
こんなのは正しくないと理性が警鐘をならすのに
「たすけて」
又兵衛の腕はそっと松寿丸を包んだ。
「どうするか、私が教えてあげますね」
それが、幼い主君をあわれに思ったからなのか、自分の劣情に負けたからなのか、分からないまま熱をもった幼い性器に手を伸ばした。
何度も自分の名前を呼びながら、やぁやぁとなく声を聞きながら。
もう戻れないことを、どこかで覚悟しながら。
小さな耳にささやいた。
「この感覚を覚えておいてくださいね」
それはただの教示だったのか、自分の願望だったのか、持て余したまま放った言葉が、松寿丸を、長政を縛るとは思いはせずに。
////////////////////
長政にとって、欲を吐き出すことは孤独の確認だった。
しようとすれば、いやでも又兵衛を思い出す。思い出すのに、あの時の手の感覚だけを追いかけてしまうからそう簡単には達せない。
だからその感覚を思い出したくて、名前を呼んでしまうからそのたびに孤独が膨らんだ。
気持ち良くなるだけでいいのに、終わってしまえば楽になるのに、時折思い出してしまう又兵衛の優しい眼差しや声に快感が中途半端に逃げるときさえあった。
ようやく終わった後には、汚れた自分の手のひらがそこにあるだけだ。やさしく拭ってくれる手のひらも、まどろむ身体を受け止めてくれる厚い胸もここにはない。寂しい。
(又兵衛はいない)
だからできるだけしたくない。するなら早く終わらせたい。
そう、思っていたのに。
あの日の痴態を、叫んでしまった名前を、又兵衛がどう思ったのかはわからない。ただ、またあの男らしい手のひらに触れられた時、終わった後又兵衛が傍にいた時、嬉しいと思ってしまう、自分が浅ましいと思った。
触れてほしいけれど、触れられたらおかしくなるから、触れてほしくない。拒むことはできない。受け入れることはもっとできない。矛盾した気持ちをこじらせて、もう疲れていた。
それなのに、あんなことを言うから。
「俺をこんな風にしたのは、お前だろうが!」
又兵衛以外に、この身体にあんな風に触れた人間など今までいなかった。触ってほしいと思ったのも、一人だけなのに。
「忘れたのか」
おもちゃにされているなら、孤独にはかわりなかった。
あの、優しい眼差しに会いたい。思いやりと欲情の間で揺れる又兵衛の身勝手さを幼いときに感じていたわけではなかったけれど、あの日性欲を逃がしてくれた又兵衛は確かに長政を助けてくれた。長政を大切にしてくれていた。
目の前の又兵衛を見つめても、焦点が合わなかった。
////////////////////
忘れていなどいなかった。思い出さないようにしていた。
年端もいかない少年に、未来の主君に欲情したなんてことは、心の隅にもおいては置けない痛みだった。
だから、自分の名前を呼んだ長政に、喜んだのだ。求めているのは自分ではなくて長政なのだと思ってしまえば、自分の抱えた欲は暴かれずに、望みがかなうような気がしていた。
そうではなかった、と、うつろな瞳をみて思う。泣くのを諦めた瞳が渇いていく。舌打ちして座り込んだ体に歩み寄った。
「若」
両頬を両手で包み込む。黒目の奥に自分が映っていて、安心する。
「若、私が―」
額に額をくっつける。こつ、と皮を挟んで骨がぶつかる音がした。
「私が触れるものは」
又兵衛の右手が、長政の目の下の、柔らかいところを、まるで涙をぬぐうみたいに優しく撫でた。
「触れたいと思うものだけですよ」
そういって、弱弱しく半開きになった唇に口づけた。唇同士が重なるのは、これが初めてだった。
乾いていた長政の瞳にできた涙の膜は、瞼がおりて、そっと頬を伝った。
又兵衛の手のひらが、もう一度優しく長政の素肌を撫でた。
――――――――――――
「あ、あぁ、いっ」
長政の後ろはまだ濡れたままで、又兵衛の指をすんなりと受け入れてしまった。
「私は若に触れたいけれど」
指の本数がじわじわ増えていく。異物感に歯をくいしばる長政に、又兵衛は相変わらず意地悪だけれど。
「若は私にふれたくないですか」
その意地悪はさっきまでとは少し違うような気がする。
「わっ!わからんっ!どう、すれ、ッん、ば、いいのか」
方法がわかるなら自分だって又兵衛を追い詰めてやりたい。いかんせんやり方が分からない。
その言葉に又兵衛がつくため息は、呆れではなくて、安心と慈しみを含んでいた。それなら、と長政の瞼に口づけながら言う。
「どうするか、私が教えてあげまね」
その言葉に長政が目を見開いた時、いやな水音を立てて又兵衛の指が抜かれた。
「んぁっ…」
元に戻ろうと収縮する、それを阻む熱い何かが、長政の中に侵入してくる。
「あ、あ」
痛みがないわけでもない。しかし一方的に与えられる快楽よりはましだった。
「ふっ、ん、んん」
もう、嫌も、駄目も、言いたくなかった。内臓を圧す感覚に息がつまるけれど、分け合う体温がそれを癒してくれる。
そっと目を開けて又兵衛を見れば、眉間にしわを寄せながら荒い息をしていた。その、赤くなった唇からはぁ、と息が漏れた時の顔が艶めかしくて、体内に又兵衛が収まったことを知った。
腕を伸ばせば、頭を抱きしめてくれた。顔をうずめた首筋から又兵衛の匂いがする。
「又兵衛」
名前を呼べば、口づけをくれた。
「動きますよ」
その言葉にうなずいて、そこから先は痛みと快感でよくわからなかった。何度も突き上げられて喉から音が出た。ようやく快感を手に入れた時、それをもたらしたのは、長政の雄を握りこむ又兵衛の手のひらだけではないのをどこかで感じていた。
「この感覚を、覚えておいてくださいね」
もう、ここに、孤独は少しもなかった。
相変わらず、長政は、そういうことが苦手である。
しかし、又兵衛の触れる手を、受け入れることは、できるように、なった。
「まったく」
自分より少しだけ小さい背中を後ろから抱き込んで、又兵衛は意地悪な溜息を長政の耳に吹き込んだ。
「こうやって溜めるから」
その手のひらは長政の雄を上手に握りこんで、的確すぎる快感を産みだしていた。
「イライラするんじゃないですか」
水気が増すせいでどんどん卑猥な音が大きくなっていく。
「う、るさ、あぁ」
まだこのふざけた行為が始まってそう時間は経っていないのに、簡単に高まってしまう自分の体が情けない、と長政は思う。
男に、こんな風にいいようにもてあそばれて、悦ぶ身体なんて欲しくなかった。
「我慢はよくないですよ、若」
直接鼓膜に触れるような、耳の奥に響くその声に、背中がぶるっ、と震える。
「ま…たべぇ…ンッ…」
そして、長政は又兵衛の手のひらに欲をぶちまけた。
(いつまで、)
吐き出した瞬間の眠気に抗うことはできずに、重くなる瞼に抵抗する力はなかった。
(いつまで、こんな)
こんな意味も理由も分からない行為が続くのか、そう一人心の中でつぶやく長政の、力の抜けた体を支える又兵衛の胸の体温が背中に伝わって、それだけは優しい気がした。
無防備に自分の胸に体を預ける長政に苦笑いしながら、汚れた自分の手のひらを拭って、そっと寝かせた。
こうして主君の性処理を、無理矢理買って出るようになってもうしばらくたつ。こういう行為をあまりしない彼を弄ぶのは簡単で、無駄な抵抗して体力を使うのか終わるとすぐ眠ってしまうから気まずくならないのが好都合だった。
無防備すぎる寝顔を見ながらその頬を撫でたくなる衝動を、優しく甘やかしたくなる欲望をぐっと押さえて立ち上がる。
「またべぇ」
引き止めるような寝言に後ろ髪を引かれながら、起こさないようにそっと扉を閉めた。
今のように自分の名前を甘い声で呼びながら、一人で切なく喘ぐ長政を見つけてしまったあの日を、思い出しながら。
////////////////////
その日はどうにも長政の様子がおかしかったのを覚えている。なかなか嘘がへたくそな若者で、明らかにそわそわしているのは家中のほとんどが気付いていたと思う。
だから夜、部屋に向かったのだ。まさかあんなものを見るとは少しも考えずに。
部屋の前、灯りが薄くともっているのを確認して、声をかけようと息をすうっ、と吸い込んだその時、沈黙の中にかすかに声が聞こえた。
苦しそうにも聞こえるが、荒い吐息に甘さが混ざっている。思わずごくりと唾を飲みこんだ。なぜだかここから離れられない。勝手に聴覚が研ぎ澄まされている。
(名前…?)
喘ぎながら、誰かの名前を呼んでいるようだった。それに気が付いた瞬間、捕えがたい嫌な感情にぼつりと火が付いたのがわかった。いったい誰の名前を。
「っあ、た…」
ここにとどまっていいことなど一つもある気がしないのに体が動かない。この若い主の秘密を一つ暴かなければ気が済まない。
だから耳を澄ました。自分の行為がどこかおかしいというのは、その時は分からなかった。
呼吸の音さえ聞こえる。自分の血が一部に集まるのを制御できないほどに、興奮していた。
そして、扉の向こうの薄明かりから、聞こえたのは。
「また、べぇ」
確かに彼の声帯はそういって切なく震えた。得体のしれない満足感が、又兵衛を襲った。
だからその扉を、開けた。
「呼びましたか、若」
その声に絶望と羞恥と興奮をないまぜにしたような顔をした長政の乱れた姿を、今もまだ鮮明に思い出せる。思い出すだけで頬が緩む。
「手伝ってあげますよ」
手を伸ばしたその体は、思っていたより熱かった。
それから機会をみては成熟したてのまだ少し幼さの残る肢体を弄んでいる。
そろそろ、手のひらに、感触が染みつきそうなくらいには。
////////////////////
長政はすぐに追い詰められる癖に、相変わらず抵抗をやめない。
今日も懲りずに又兵衛に追い込まれて、いやだやめろと言う癖に、突き放すことができないでいた。
「っも!やめろッ」
ぐちぐちと自身を直接握りこむ大きな掌とは別に、もう片方の手がうちももをさするから足がびくびくと勝手に震える。
「やめろって、このままだとつらいのは若ですよ」
もういきそうなくせに、一度だって素直に快感に身を任せたりはしない。その態度が好ましく、そして煩わしい。
「う、るさ!あンッ」
「じゃぁ」
する、と長政の弱いところをひとつさすって、手を離す。しかしその両手で長政の太ももを左右に広げて、あられもない姿にする。
「自分でやってみてください」
又兵衛の耳に、息を飲む音が聞こえた。
「ッ!なんで!もういいだろ」
離せよと相変わらず強気な態度は想定済みだ。
「ここをこんなに固くして、そのまま寝られるんですか」
先ほどまで又兵衛に撫でまわされていた長政の雄は未だ天にむかって直立したままだ。ちょんちょんとつつけば長政の顔がゆがんだ。
「私に触られたくないなら、自分でさっさと終わらせたらいい」
耳に口を付けてそう言えば、単純な主君は自分の手のひらで、熱くなったそれをぎゅ、と握りしめた。
「ふっ、ううん…ッ…」
遠慮がちな水音がぐちゅ、ちゅぷ、と響いている。又兵衛は何も言わずにただずっと長政を見ていた。
「ん、ん、ふぅ…ウッ」
懸命に動かす手のひらの中、しかしそれは次第に萎え始めている。
「…若は」
又兵衛の手が長政の手をそっと包んだ。かと思うと、その一回りだけ小さな手ごと、長政の雄を激しく扱き始めた。
「…ッ!?ふぁッ…やぁ…」
また熱を取り戻すそれに、又兵衛がチッ、と舌打ちした。
「誰かに触られないと気持ち良くなれないんですか」
先ほどとは打って変わって、ぐちゃぐちゃと激しい音が部屋に響く。
「ちがっ!ちが…ッ!うぅっん!やぁあ」
否定しようとするのは口だけで、体は又兵衛の与える刺激にふるふると震えていた。
「どこでこんないやらしい身体になったんですか」
声が喘ぎにしかならないから、長政は、必死に首を横に振る。しかし又兵衛はそんな姿をあざ笑うような声で続けるのだ。
「自分で触るだけじゃぁ、駄目だなんて」
言いながら又兵衛の腹の底には、苛立ちがふつふつと生まれていた。
(この肌に触れた誰がが俺以外に、いる?)
攻める手が乱暴になる。合わせて長政の息遣いが荒くなる。自分の知らない長政が、心に大きな影をつくっていく。
「ッまたべ!またべぇ」
長政は何時も達する前に名前を呼ぶ。その声に引き戻されて少し強く刺激すれば、背中がびくりと突っ張って、そして力の抜けた体を自然に又兵衛に預けた。
苦しさと快感に歪んでいたのが解放されて、力が抜けたその表情はその安らかさに対してひどく扇情的だ。
軽くはないその体を寝床に横たえる。
「…だれに、」
苦虫を噛み潰したような顔を伺う人などいない。又兵衛のつぶやきは闇に消えた。
[newpage]
「長政はいるか」
久しぶりの出陣で黒田家が構えた陣に、聞きなれない声が響く。見慣れないその男は立派な戦装束をまとって堂々と、ずかずかと入ってくるから、屯していた足軽たちがざわざわ騒ぎ出す。
官兵衛はじめ黒田家家老の諸将はそれなりに忙しくしているからここにはいない。まずいな、と思いながら又兵衛はざわめきの中心に向かった。
「どなたか」
そう言って仰いだ顔に、見覚えは、あった。
「福島、といえばわかるか」
そこにいたのは、豊臣子飼いとして武功をあげ、ここのところぐんぐん出世しているという、福島正則その人が、いた。
「何の御用でございましょうか」
「長政はいるか」
その、顔は若さと自身にはちきれそうで、武士という言葉をそのまま人間にしたような男だと思った。
その男の口から気安く発せられた名前に、なにか嫌な気持ちになる。素直に案内する気持ちになれなくなる、自分の気持ちを持て余している。
「若…長政様は今官兵衛様と軍議をしておられるかと」
嘘ではない。しかし福島の名前を出せば呼び出せる可能性もある。いつもだったら自分はどうしていただろうか。同じように突っぱねていた?それとも伺いを立てたか?自分の判断の由来に思い当るのが怖い。
「…そうか、まぁ急用でもないしな」
その言葉に安堵する。しかし、跪いている又兵衛の眼前からその両足は消えない。
「お前、名は又兵衛か」
頭上からかかった声に、顔を上げると、背中に太陽の光を浴びて微笑んでいる。逆光でくらい顔の中で瞳がキラキラと眩しい。
立て、といわれて立ち上がると、その顔が良く見えた。
「長政が又兵衛、又兵衛とうるさいから、どんな男かと思っていたが」
値踏みするような表情ではない。相手からは敵意は感じない。意識しているのはきっと自分だけだ。
「長政が騒ぐのも無理ないな」
いい男だ、そう言いながらばしばしと又兵衛の肩を二つ叩いた。かと思ったらその手のひらで、叩いていた肩をぐっとつかんで又兵衛の体を引き寄せた。
「長政をあんまりいじめてくれるなよ」
大事な弟分だ、そう言う顔に真剣みが差す。
「確かにあいつは可愛くないてくれる、が」
その言葉に背中を殺気が走る。言葉の意味を図りかねて、相槌で冗談に変えることもできない。
「優しくしてやった時の顔の方が可愛いぜ」
そういって、にやりと挑発的に笑った。知らず拳に力が入り、思い切り握りしめていたのに気が付く。
「何のお話か、分かりかねますな」
思わず睨み返すと、真剣だった眼差しをおどけた表情に変えて、おお、こわい、と又兵衛と距離を取る。
「まぁ、長政によろしく言っといてくれ」
そう言って、来た時と同じようにドカドカと去って行った。
又兵衛はその背中が見えなくなるまで、睨み付けていた。
////////////////////
「そう言えば先日の陣中に福島殿が見えられましたよ」
あの時の戦が終わって、領地に戻ってきて数日たった。月を眺めながら酒を酌み交わす中で、又兵衛がポツリとそう伝えた。
「なんだと!なぜ案内しなかった!」
長政がこういう反応をするのはなんとなくわかっていた。だからだろうか、本当は話すつもりなどなかったのだ。しかしあんまり自分の胸につかえるから、話してしまえば楽になると、思った。
「若は殿とお話でしたし、福島殿も特に用事はないと」
「ずるいぞ又兵衛、俺も会いたかった」
素直に悔しがるその横顔に、人質時代を懐かしむのがわかって目をそらした。今日は月も雲に隠れて、少し暗い。
「福島殿の前では」
酒で少しだけ熱くなった、長政の身体をトン、と押す。倒れはしないが傾いた身体に体重をかければ動きを抑えることはできた。
「可愛く、なかれるらしいですね」
そう言って頬を撫でれば、その丸い瞳を見開いた。又兵衛はそれを、肯定だと思った。
「何、いって」
意地悪な顔をしながら、又兵衛は長政の身体を優しく撫でる。今までは触れなかったような性感を探し始めるその手に、長政は歯を食いしばった。
「どこにどう触れられて」
帯をほどく気配がする。
「どんな風に可愛くないたのか」
俺にも教えて、聞かせてくださいよ。そう言って又兵衛は長政の素肌に触れた。
首筋に口づけをしながら、左手はまだ薄い胸を撫でる。指先がその突起を探り当てて、ぐにぐにと捏ねはじめる。
右手は下半身に伸びて、褌の上から長政の雄に触れた。しかしするりと撫でるだけ撫でて、その手のひらは太ももに添えられた。
いつもはこうじゃない。又兵衛が長政を背後から抱き込んで、ただ一か所に触れて性を吐き出させて終わりだ。こんな、男女の睦言のような手のひらは知らない。
「ま、たべ?」
これから何が始まるのか怖くて、名前を呼べば、鎖骨を甘噛みして、顔を長政に向けた。
「若をこんな身体にしたのが、俺じゃないのが残念ですよ」
そう、つぶやく又兵衛の苦笑いはすぐに長政の視界から消えた。と思ったら、胸を激しく吸われて思わず息を飲む。
「ッ!?ひゃ!また、何っ!?」
じゅうじゅうと卑猥な音を立てて吸い付いたかと思うと、優しく舌先で転がし、噛みつく。もう片方はさっきから添えられていた又兵衛の左手がくにくにと捏ねる。違和感と痛みが少しずつ快感に変わっていく感覚が、怖い。
やめろと言いたい。快感は、こわい。しかし、酒の入った体のだるさと、慣れすぎた又兵衛の匂いに溺れたようになって、ただ弄ばれるしか、できない。
「わかりますか、若、固くなっているのが」
そういって、突起をペロリと舌先で舐めてから、太ももを撫でまわす右手が、褌の上を滑った。
「あっちもこっちも固くして、本当に」
仕方がないですね、そう言いながらその唇が長政の薄く割れた腹筋を撫でながら下に下がっていく。
「ッふ!」
その感覚がくすぐったくて、背中がのけぞる。肩が床に食い込んで、痛い。
「またべえ、だめ、だめ、あ、」
その唇がどんどん下がって、へそをかすめた。それよりも下は。
「なにがダメなんですか」
それとも、男の喜ばせ方も仕込まれましたか。
ひどいことを言われているのは分かるのに、言い返すこともできないままいいようにされている自分が情けなくて涙が出そうだ。
又兵衛が長政の褌に手をかけてするするとはぎとっていく。緩くたちあがった長政の雄に触れる空気が冷たかったのは一瞬だった。
「っ!ひゃぁ…ッぁ、ぁぁ」
冷たい空気が一変、熱い粘膜がそれを包んだ。経験のない感覚に背骨が逆側に湾曲してひときわ肩が床に食い込んだ。
太ももにさわさわとふれる又兵衛の髪の毛さえも長政に性感を与えてたまらない。先ほどまでいじめられていた胸がじんじんと痺れている。
「やめ、やめろ、いや、だ」
又兵衛の口の中で自分の肉棒と又兵衛の舌とが絡み合っている。いつも手で与えられている快感だけでもすぐに極まってしまうのに。
「はな、はなっ!せ!おいっい、んぅ」
又兵衛の口の中に出してしまうのが怖くてこらえるのに、そんな長政の思いをあざ笑うようにじゅう、と吸い付かれたら、もう駄目だった。
「あッ…!あ、やぁぁ、あ、ふ」
思い切り、吐き出してしまった。自己嫌悪と、理解できない又兵衛の気持ちに困惑しながらも、疲れ切った頭と体に途端にいつもの眠気が長政を襲う。
長政がいけば終わるのがいつもだったから、すっかり油断していた。
下半身の違和感に、沈みかけた意識が浮き上がる。今まで本当に誰も触れたことのないそこが、何かでしっとりと濡れていく。気持ちの悪さに閉じようとした足を、又兵衛が思い切り割開く。
「ま、たべ?」
応える声はない。その代わりに、後ろの穴を何かがつついた。
「っうん!?」
驚きに腰が震えて引いた。その腰を又兵衛が両手でぐいと引き戻して、また同じ場所に今度は何かが吸い付いた。
「こっら!よせ、何考えてん、だ!」
又兵衛は何も言わない。返事の代わりに何かが穴を犯しはじめる。又兵衛の舌が、ねじ込まれている。
「やぁ、何っ!何すんだっ…いぁッ」
これから自分がどうなってしまうのか、理解するのが怖くて考えないようにするのに、又兵衛はやめてはくれない。うちももが快感に震えるのも怖い。なのに。
「何って、ご存じでしょう」
そんなことを言いながら今度はその指をぐちぐちとねじ込まれる。少し慣らされたそこは、逆流する異物を思いの他簡単に受け入れてしまった。
(知らない、しらない)
こんな行為は知らない。快感は、怖い。
「誰のせいでこんな、淫らな体になったのか」
ぐちぐちと音を立てて、体内を犯す又兵衛の指の関節を感じる。奥に食い込めば食い込むほど、快感をとらえそうな体が長政を裏切っている。
「俺の、いない間に」
いやだ、ちがう、否定の言葉が頭の中で喚くのに、又兵衛にはひとつも届かない。こんな身体になったのは、快感が怖くなったのは。
「誰に触れられたのです、若」
その瞬間、長政は足に力をこめて又兵衛をけりつけると。その拘束から逃げ出して、自分の部屋へと逃げ込んだ。
着物のあわせを手繰り寄せて、部屋の真ん中にへたり込んだ。
「お前だよ」
扉の向こうに向けて、叫ぶ。
「俺をこんな風にしたのは、おまえだろうが!」
忘れたのか。
その響きは子供の鳴き声のようで、その時二人は同じ瞬間のことを思い出していた。
////////////////////
それは、長政が人質として長浜に向かうことが決まってすぐのことだった。幼い跡取りとの別れを惜しむ空気の流れる黒田家は、数日少し、覇気がなかった。
そんなある日のこと、まだ手伝いの者も目覚めない早朝、又兵衛の眠る部屋をトントンとたたく音が控えめに聞こえる。
こんな時間に遠慮なくこの部屋に来るのなんて、一人だけだ。
「どうしたんです、若」
扉をあけるとそこには、今にも泣きそうな顔で寝間着を握りしめる松寿丸がいた。
「ッ、またべえ、」
その姿と足の様子から、大体の見当はついた。
「小便ですか」
短い又兵衛の問いにふるふると首を横にふる。早熟だなぁと頭のどこかで思った。
「まずふんどしを洗いましょう」
そういって小さな体にそっと手を伸ばすと、触れたところからふるっと震えた。
「大丈夫ですから」
いきなりの体の変化にとまどって混乱しているのだろう。どうしていいのかわからずに、両親でも他の誰でもない自分のところに来たのは兄弟のように育ったためか。
その姿がとてもあわれに思えて、部屋に招き入れるために手を差し出すと、大人しく自分のまだ小さな手を乗せるのが純粋にかわいらしいと思った。
大丈夫ですから、そう言いながら自分が今まで寝ていた寝床に腰掛けさせる。
「褌を替えますか」
そう声をかけるが、一向に褌を外す様子はない。湿って気持ちが悪いのではないかと思うのだが。
「汚したなら替えないと」
自分の褌を出しながら、松寿丸の背中に話しかける。その言葉にふるふると首を横にふるから、褌は汚れていないのだろうか。
「どうされました」
そう、後ろから顔を覗き込んだ又兵衛の目に映ったのは、目を潤ませて眉根を寄せて、性感に耐える顔だった。
「どうしよう」
だめだだめだと、心の中で声がするのに
「またべえ、」
こんなのは正しくないと理性が警鐘をならすのに
「たすけて」
又兵衛の腕はそっと松寿丸を包んだ。
「どうするか、私が教えてあげますね」
それが、幼い主君をあわれに思ったからなのか、自分の劣情に負けたからなのか、分からないまま熱をもった幼い性器に手を伸ばした。
何度も自分の名前を呼びながら、やぁやぁとなく声を聞きながら。
もう戻れないことを、どこかで覚悟しながら。
小さな耳にささやいた。
「この感覚を覚えておいてくださいね」
それはただの教示だったのか、自分の願望だったのか、持て余したまま放った言葉が、松寿丸を、長政を縛るとは思いはせずに。
////////////////////
長政にとって、欲を吐き出すことは孤独の確認だった。
しようとすれば、いやでも又兵衛を思い出す。思い出すのに、あの時の手の感覚だけを追いかけてしまうからそう簡単には達せない。
だからその感覚を思い出したくて、名前を呼んでしまうからそのたびに孤独が膨らんだ。
気持ち良くなるだけでいいのに、終わってしまえば楽になるのに、時折思い出してしまう又兵衛の優しい眼差しや声に快感が中途半端に逃げるときさえあった。
ようやく終わった後には、汚れた自分の手のひらがそこにあるだけだ。やさしく拭ってくれる手のひらも、まどろむ身体を受け止めてくれる厚い胸もここにはない。寂しい。
(又兵衛はいない)
だからできるだけしたくない。するなら早く終わらせたい。
そう、思っていたのに。
あの日の痴態を、叫んでしまった名前を、又兵衛がどう思ったのかはわからない。ただ、またあの男らしい手のひらに触れられた時、終わった後又兵衛が傍にいた時、嬉しいと思ってしまう、自分が浅ましいと思った。
触れてほしいけれど、触れられたらおかしくなるから、触れてほしくない。拒むことはできない。受け入れることはもっとできない。矛盾した気持ちをこじらせて、もう疲れていた。
それなのに、あんなことを言うから。
「俺をこんな風にしたのは、お前だろうが!」
又兵衛以外に、この身体にあんな風に触れた人間など今までいなかった。触ってほしいと思ったのも、一人だけなのに。
「忘れたのか」
おもちゃにされているなら、孤独にはかわりなかった。
あの、優しい眼差しに会いたい。思いやりと欲情の間で揺れる又兵衛の身勝手さを幼いときに感じていたわけではなかったけれど、あの日性欲を逃がしてくれた又兵衛は確かに長政を助けてくれた。長政を大切にしてくれていた。
目の前の又兵衛を見つめても、焦点が合わなかった。
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忘れていなどいなかった。思い出さないようにしていた。
年端もいかない少年に、未来の主君に欲情したなんてことは、心の隅にもおいては置けない痛みだった。
だから、自分の名前を呼んだ長政に、喜んだのだ。求めているのは自分ではなくて長政なのだと思ってしまえば、自分の抱えた欲は暴かれずに、望みがかなうような気がしていた。
そうではなかった、と、うつろな瞳をみて思う。泣くのを諦めた瞳が渇いていく。舌打ちして座り込んだ体に歩み寄った。
「若」
両頬を両手で包み込む。黒目の奥に自分が映っていて、安心する。
「若、私が―」
額に額をくっつける。こつ、と皮を挟んで骨がぶつかる音がした。
「私が触れるものは」
又兵衛の右手が、長政の目の下の、柔らかいところを、まるで涙をぬぐうみたいに優しく撫でた。
「触れたいと思うものだけですよ」
そういって、弱弱しく半開きになった唇に口づけた。唇同士が重なるのは、これが初めてだった。
乾いていた長政の瞳にできた涙の膜は、瞼がおりて、そっと頬を伝った。
又兵衛の手のひらが、もう一度優しく長政の素肌を撫でた。
――――――――――――
「あ、あぁ、いっ」
長政の後ろはまだ濡れたままで、又兵衛の指をすんなりと受け入れてしまった。
「私は若に触れたいけれど」
指の本数がじわじわ増えていく。異物感に歯をくいしばる長政に、又兵衛は相変わらず意地悪だけれど。
「若は私にふれたくないですか」
その意地悪はさっきまでとは少し違うような気がする。
「わっ!わからんっ!どう、すれ、ッん、ば、いいのか」
方法がわかるなら自分だって又兵衛を追い詰めてやりたい。いかんせんやり方が分からない。
その言葉に又兵衛がつくため息は、呆れではなくて、安心と慈しみを含んでいた。それなら、と長政の瞼に口づけながら言う。
「どうするか、私が教えてあげまね」
その言葉に長政が目を見開いた時、いやな水音を立てて又兵衛の指が抜かれた。
「んぁっ…」
元に戻ろうと収縮する、それを阻む熱い何かが、長政の中に侵入してくる。
「あ、あ」
痛みがないわけでもない。しかし一方的に与えられる快楽よりはましだった。
「ふっ、ん、んん」
もう、嫌も、駄目も、言いたくなかった。内臓を圧す感覚に息がつまるけれど、分け合う体温がそれを癒してくれる。
そっと目を開けて又兵衛を見れば、眉間にしわを寄せながら荒い息をしていた。その、赤くなった唇からはぁ、と息が漏れた時の顔が艶めかしくて、体内に又兵衛が収まったことを知った。
腕を伸ばせば、頭を抱きしめてくれた。顔をうずめた首筋から又兵衛の匂いがする。
「又兵衛」
名前を呼べば、口づけをくれた。
「動きますよ」
その言葉にうなずいて、そこから先は痛みと快感でよくわからなかった。何度も突き上げられて喉から音が出た。ようやく快感を手に入れた時、それをもたらしたのは、長政の雄を握りこむ又兵衛の手のひらだけではないのをどこかで感じていた。
「この感覚を、覚えておいてくださいね」
もう、ここに、孤独は少しもなかった。
相変わらず、長政は、そういうことが苦手である。
しかし、又兵衛の触れる手を、受け入れることは、できるように、なった。
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