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「お前、親父に似てきたな」
いや、もともとよく似ていた。髪の色も、目の形も、顎の曲線、骨格も。
随分昔に、こんな風に、良く似た顔を見上げたことがある。
***
夜だった。これから親の仇を討とうという時だった。だから、確実に北条を味方につけなければならないと焦っていたのだ。
戸が開くのを、待っていた。北条氏綱という男がこの部屋に入ってくるのを、まるで夜襲をかける時のような心持で待ち構えていた。
廊下を歩く足音が聞こえる。
(父上…)
震える身体を叱咤して、姿勢を正す。目を据えて、戸の向こうをじっと見つめた。
「…」
戸を開けた瞬間、彼が目を見開くのがわかった。不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
「何の用だ」
戸を閉めないでいるところを見ると、どうやら随分警戒しているらしいのがわかった。
「ご安心ください、お命頂戴、なんてことは致しません」
そういって、その手に何もないのを、両手を広げて見せれば、ようやく戸を閉めた。敷かれた布団の傍らに座る義堯を睨み付けるその眼は、そのまま。
「もう眠い。話なら明日に」
「話ではございません、おもてなしを」
そう言って、義堯は、立ったままの氏綱をじっとりと下から見つめた。それにため息をつきながら、氏綱が向かいに腰を下ろす。
「悪趣味だな、女ならまだしも、」
「目は…」
言いながら、その眼を伏せて、向かいにある氏綱の右手を、そっと手に取る。そしてその手を、自らの頬に導いた。
「よく似ていると言われました」
伏せていた目をそっと、開けて、眼前の双眸をとらえる。
「父に」
目の前にいる北条の当主と、父親がどういう関係だったかは、正直はっきり分からない。でも、覚えているのだ。父がこの男の背中を見つめた時、瞳に何らかの熱が宿っていたことも。
父の死を知った、目の前の男の能面のような顔に、一瞬衝撃と悲しみが走ったのを見たのも。
「お楽しみ、いただけませんか」
そう言って、ほほに寄せていた彼の手を襟へと運ぶ時、そっとその手は、義堯から離れた。
「見くびるな」
冷たく放たれたその言葉とは裏腹に、その眼差しが寂し気で、なんであなたがそんな顔をするのだと、思った。
「生娘のように、震えているくせに」
さっきとはちがう、優しい声で、慰めるように、暖かい手のひらが、今度は自分の意志で義堯の頬を撫でる。
「男など、知らないのだろう」
まるで父親が子供をあやすような苦笑いで、今度はその手が頭を撫でた。この間亡くしたばかりの温もりがじわじわと戻ってくるような、錯覚がある。
「あれとお前は、一つも似ていないよ」
そう言う顔が、声が、やっぱり優しかった。でもその中に、先ほどまでなかった切なさを見つけてしまう。あれ、なんて呼ぶのに、どうしてそんなに愛おしげな声になるのだろうか。
「似ているとすれば―」
そういって、抱き寄せられる。自分を抱きしめているのは全くの別人なのに、思い出すのは、優しい潮の香りと、夕日を跳ね返す乾いた髪、自分を守ろうとする父の、笑顔。
「俺を利用して家を守ろうとするところくらいだ」
絞り出すような声と一緒に、強く抱きしめられる。
(いざとなったら、北条氏綱を頼りなさい)
本家に出向いて殺される前、いつものように潮風を浴びて笑った顔が忘れられなかった。あの時どんな気持ちで、いたのだろう。
どんな気持ちで、笑って、彼の名前を舌にのせたのだろう。
「さねたか」
耳元で、唸るような声が聞こえた。泣き声のようなつぶやきだった。それは大切な、父の名前だった。
もうここには、いない人の名前を久しぶりに聞いて、それまで不思議と流れなかった涙が、流れた。
「お前が、私を殺しに来ても」
頭を撫でる、手のひらの優しい温度は初めてのはずなのに、どこか懐かしい。
「文句は言わん」
今は眠れよ、そう言われて、張っていた気が一気にどこかにいって、体から力がすべて抜けてしまった。
その日は年甲斐もなく、父親より少し若いだけの男の胸の中で、親子のように眠った。
***
「親父って、私の父ですか」
「あぁ」
昔のことをぼんやりと思い出していたら、思いのほか真面目な声が聞こえて返事をする。
「…義堯殿、父と一体何を」
別に何をしたわけでもないが、説明するのも面倒だし、妙な感傷が戻ってきそうだから、言わないけれど。
「…添い寝してもらっただけだ」
「添い寝…」
複雑そうな顔をする、その顔を見て思う。
「いや、やっぱ似てないわ」
俺を抱こうとする悪趣味はお前ぐらいだからな、そう睨み付けてやれば、抱きしめられた。
その腕の熱さも、あの時とは全く、違った。
いや、もともとよく似ていた。髪の色も、目の形も、顎の曲線、骨格も。
随分昔に、こんな風に、良く似た顔を見上げたことがある。
***
夜だった。これから親の仇を討とうという時だった。だから、確実に北条を味方につけなければならないと焦っていたのだ。
戸が開くのを、待っていた。北条氏綱という男がこの部屋に入ってくるのを、まるで夜襲をかける時のような心持で待ち構えていた。
廊下を歩く足音が聞こえる。
(父上…)
震える身体を叱咤して、姿勢を正す。目を据えて、戸の向こうをじっと見つめた。
「…」
戸を開けた瞬間、彼が目を見開くのがわかった。不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
「何の用だ」
戸を閉めないでいるところを見ると、どうやら随分警戒しているらしいのがわかった。
「ご安心ください、お命頂戴、なんてことは致しません」
そういって、その手に何もないのを、両手を広げて見せれば、ようやく戸を閉めた。敷かれた布団の傍らに座る義堯を睨み付けるその眼は、そのまま。
「もう眠い。話なら明日に」
「話ではございません、おもてなしを」
そう言って、義堯は、立ったままの氏綱をじっとりと下から見つめた。それにため息をつきながら、氏綱が向かいに腰を下ろす。
「悪趣味だな、女ならまだしも、」
「目は…」
言いながら、その眼を伏せて、向かいにある氏綱の右手を、そっと手に取る。そしてその手を、自らの頬に導いた。
「よく似ていると言われました」
伏せていた目をそっと、開けて、眼前の双眸をとらえる。
「父に」
目の前にいる北条の当主と、父親がどういう関係だったかは、正直はっきり分からない。でも、覚えているのだ。父がこの男の背中を見つめた時、瞳に何らかの熱が宿っていたことも。
父の死を知った、目の前の男の能面のような顔に、一瞬衝撃と悲しみが走ったのを見たのも。
「お楽しみ、いただけませんか」
そう言って、ほほに寄せていた彼の手を襟へと運ぶ時、そっとその手は、義堯から離れた。
「見くびるな」
冷たく放たれたその言葉とは裏腹に、その眼差しが寂し気で、なんであなたがそんな顔をするのだと、思った。
「生娘のように、震えているくせに」
さっきとはちがう、優しい声で、慰めるように、暖かい手のひらが、今度は自分の意志で義堯の頬を撫でる。
「男など、知らないのだろう」
まるで父親が子供をあやすような苦笑いで、今度はその手が頭を撫でた。この間亡くしたばかりの温もりがじわじわと戻ってくるような、錯覚がある。
「あれとお前は、一つも似ていないよ」
そう言う顔が、声が、やっぱり優しかった。でもその中に、先ほどまでなかった切なさを見つけてしまう。あれ、なんて呼ぶのに、どうしてそんなに愛おしげな声になるのだろうか。
「似ているとすれば―」
そういって、抱き寄せられる。自分を抱きしめているのは全くの別人なのに、思い出すのは、優しい潮の香りと、夕日を跳ね返す乾いた髪、自分を守ろうとする父の、笑顔。
「俺を利用して家を守ろうとするところくらいだ」
絞り出すような声と一緒に、強く抱きしめられる。
(いざとなったら、北条氏綱を頼りなさい)
本家に出向いて殺される前、いつものように潮風を浴びて笑った顔が忘れられなかった。あの時どんな気持ちで、いたのだろう。
どんな気持ちで、笑って、彼の名前を舌にのせたのだろう。
「さねたか」
耳元で、唸るような声が聞こえた。泣き声のようなつぶやきだった。それは大切な、父の名前だった。
もうここには、いない人の名前を久しぶりに聞いて、それまで不思議と流れなかった涙が、流れた。
「お前が、私を殺しに来ても」
頭を撫でる、手のひらの優しい温度は初めてのはずなのに、どこか懐かしい。
「文句は言わん」
今は眠れよ、そう言われて、張っていた気が一気にどこかにいって、体から力がすべて抜けてしまった。
その日は年甲斐もなく、父親より少し若いだけの男の胸の中で、親子のように眠った。
***
「親父って、私の父ですか」
「あぁ」
昔のことをぼんやりと思い出していたら、思いのほか真面目な声が聞こえて返事をする。
「…義堯殿、父と一体何を」
別に何をしたわけでもないが、説明するのも面倒だし、妙な感傷が戻ってきそうだから、言わないけれど。
「…添い寝してもらっただけだ」
「添い寝…」
複雑そうな顔をする、その顔を見て思う。
「いや、やっぱ似てないわ」
俺を抱こうとする悪趣味はお前ぐらいだからな、そう睨み付けてやれば、抱きしめられた。
その腕の熱さも、あの時とは全く、違った。
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