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なりかけの秋が嫌いなのは、決まって同じ夢を見るからだ
「……は、」
息を吐くと、締め付けられているのが腕だけではないことに気が付く。胸元を見下ろすと、何重かになった縄が食い込んでいた。顔を上げなくてもわかる。ここは〝あの日〟の門の下だ。行き過ぎる知った顔をひとつずつ見送るうちに不思議と心は凪いで、こんな醜いこの世に未練などないと、心の底からそう思うまでの儀式の半ば。
自分が拘束されていること、そしてその理由に思い当って、今度は肺が膨らんで縄を押さないようにふ、と小さく息を吐いた。
この後何が起こるのか、自分は多分知っている。多分、というのは、いつだってこの悪夢は、通り過ぎてからああそうだったそうだった、と答え合わせのように時間が過ぎていくからだ。
そう、これは本当は夢などではない。遠いいつかの記憶なのだ。
ざり
履物が土を強く踏む、怒りに満ちた足音がする。すると無意識に身体がよじれて、逃げることなどとうの昔に諦めているはずなのに。居心地悪くてもそもそと動くと、ぎち、と尚も食い込む縄の、ささくれが肌に刺さって痛い。
ジリ、とひとつ音がして、止まる足音。視線の先に現れるのは、見慣れた、そしてひどく懐かしい爪先がふたつ。
(……くる)
何かを、覚悟した。きっと今から自分は、罵詈雑言を浴びるのだ。それを追いかけて、唾棄する仕草、軽蔑の眼差しがこの身を射るのだろう。
無抵抗に襟ぐりを掴まれ、首を、頭を揺さぶられ、酷く罵られる。自分はそれに酷く精神を摩耗させられて、それなのに、少しだけ、ほんの少しだけ、この生命を散らすのが、酷く惜しく思えてくる。要するに未練だ。捨てかけた未練が甦るようなことを言われて頭にくる。
そんな、これ以上ない不愉快が来ると、覚悟していた。
(……)
しかし、どうしてだろう。いつまで待っても、脳裏に翻ったのと同じ声や言葉や視線が降ってくることはなかった。代わり、膝のすぐそばに、何か雫が落ちてきた。
ぱた
雨など降ってはいないはずなのに、ちょうど目線の先に小さな染みができるさまを眺めた。一体、何がと思って顔をあげるとき、何の予想もしてはいなくて。
(……は)
あるはずだった鋭い眼差しと、軽蔑するために歪んだ眉のかわり。
(どうして)
無駄にぎょろりと大きな両目から、ぱたぱたと何かが流れでいた。
(お前が泣くんだ)
「ごめん」
声が聞こえた瞬間、その面立ちが酷く幼く形を変えた。流石夢、変幻自在の光景のなかで、彼はだいたい、齢十八といったところか。はらはらと、それはらしくもなく涙を零してそれを止めようともしない。まるで堰が壊れた川、留めるものを失くした水が暴れて溢れるような、豪快な涙だった。
「ごめんな」
こころのどこかが〝今更〟と言った。しかしそれは声にはならなかった。
伸ばされた両腕は、掴むはずの襟元を通り過ぎた。まだ少し、ほんの少しだけ柔らかさを残したしなやかな両腕が首に絡むと、自然、視界がふさがれた。
獣のような匂いはしなくて、花のような、やたらと甘い匂いがするのが不思議だ。
知らぬうちに、胸と腕を圧す縄の拘束がなくなっていたのに気が付いたのは、自分の腕がその未だ頼りない背中に、勝手に伸びていったから。
夢のくせに、その身体は酷く熱くてじっとりとした。
吐息が耳に触れた。
「ごめんな、」
聞こえた声は、小さかった。
「――――――――――――――」
(……全くだ)
瞬間、景色が崩れた。足場も失って、ただ暗闇に落ちていく。ただ、その間もまだ育ち切らない腕は自分の頭を抱きこんで離さなかったし、その背に回った己が腕も、それを放そうとはせずに。
(……これで、終わりか)
ただ、二人で落ちていくのを、何の恐れもなく受け入れていた。
//////////////
柔らかい日差しに瞼を撫でられたのを感じて、促されるようにゆっくりと瞼を上げる。ぼんやりとした視界から蘇ってくるのは、今生の感覚だ。
一人暮らし用の賃貸物件。一人用の寝床が狭く感じられるのは、そこに一人ではないからだ。
(……あぁ)
昨晩は遅くまで酒を飲んでいたのだった。一人で酔っぱらったのを放って布団に入ったことをしっかりと覚えているし、身体に酒も残っていない。床で寝ておけと言ったのに、こいつはいつも他人の布団に潜りこんでは寝息を立てる。
(まさかな)
前世が夢か、それともこの今生が夢なのだろうかと、未だに頬をつねってみたりすることがる。一度は命のやり取りをした相手の横で、こんな風に寝こけるやつがいるか、と。
(平和だ)
二度目の人生の自覚をしたときから、もう、出会わないと思っていた。出会うものかと思っていた。忘れたつもりでいた。でも出会ってしまった。忘れることなど、出来なかった。
「いちまつ」
呼べば、懐かしさで気が触れそうになる。
なぜあんな夢を、と思う前に、なるほど道理でと一人合点した。
日差しは温もりを残して、しかし吹く風は次第に冷えていく。
今生で、初めて二人で過ごす秋だ。
〝さきち〟
もう誰も呼ばぬ名でよばれたそのとき、振り向かなければ良かったか。しかし、それでも足は止まったし、首は勝手に動き、声のした方へ振り向き仰いだ。
〝さきち〟
目と目が合った瞬間に後悔をしたのはきっと、そのときはっしと、今再びの縁が結ばれてしまったことを心のどこかが理解したから。
まだ幼さを残した瞳を潤ませて駆け寄るその身体を、伸ばされる腕を、知らないふりで拒めばよかったかと何度思っても、もう出会う前には戻れないのだ。
〝――――――――――――――〟
泣きながら縋る彼はあの日、今見た夢と同じに何度も謝罪の言葉をくりかえして、そして同じことを言った。耳元でささやかれた言葉に、返事をしなかったこと、少し心にとどまっているから、あんな夢を見たんだろうか。
「……今度は」
今生でもまたいつか裏切るのだろうか、そして裏切られるのだろうか。今度こそ分かり会えるのだろうか。それともまた、寄り添うことは叶わないのか。
それはわからない、けれど。
「今度はちゃんと、殺せよ、俺を」
せめて最後は、終わりだけはと、願ってしまうのは、弱さだろうか。
「ん、ん~」
何の夢を見るのだろうか、もごもごと口元を歪ませる。今度はお前が、悪い夢でも見ているといい。
なりたての秋の、いつかの悪夢も。
「起きろ市松」
きっとお前なら、食いちぎり、飲み干せるのだろうから。
〝ごめんな、ちゃんと殺してやれなくて〟
夢喰い
悪夢はいつも、ギチリと締め付けられた腕の痛みから始まる。歯を食いしばりながら何度か瞼に力を込めてこじ開けるように開いた双眸にまず映るのは、汚いござに膝まづく、情けない自分の両膝だ。「……は、」
息を吐くと、締め付けられているのが腕だけではないことに気が付く。胸元を見下ろすと、何重かになった縄が食い込んでいた。顔を上げなくてもわかる。ここは〝あの日〟の門の下だ。行き過ぎる知った顔をひとつずつ見送るうちに不思議と心は凪いで、こんな醜いこの世に未練などないと、心の底からそう思うまでの儀式の半ば。
自分が拘束されていること、そしてその理由に思い当って、今度は肺が膨らんで縄を押さないようにふ、と小さく息を吐いた。
この後何が起こるのか、自分は多分知っている。多分、というのは、いつだってこの悪夢は、通り過ぎてからああそうだったそうだった、と答え合わせのように時間が過ぎていくからだ。
そう、これは本当は夢などではない。遠いいつかの記憶なのだ。
ざり
履物が土を強く踏む、怒りに満ちた足音がする。すると無意識に身体がよじれて、逃げることなどとうの昔に諦めているはずなのに。居心地悪くてもそもそと動くと、ぎち、と尚も食い込む縄の、ささくれが肌に刺さって痛い。
ジリ、とひとつ音がして、止まる足音。視線の先に現れるのは、見慣れた、そしてひどく懐かしい爪先がふたつ。
(……くる)
何かを、覚悟した。きっと今から自分は、罵詈雑言を浴びるのだ。それを追いかけて、唾棄する仕草、軽蔑の眼差しがこの身を射るのだろう。
無抵抗に襟ぐりを掴まれ、首を、頭を揺さぶられ、酷く罵られる。自分はそれに酷く精神を摩耗させられて、それなのに、少しだけ、ほんの少しだけ、この生命を散らすのが、酷く惜しく思えてくる。要するに未練だ。捨てかけた未練が甦るようなことを言われて頭にくる。
そんな、これ以上ない不愉快が来ると、覚悟していた。
(……)
しかし、どうしてだろう。いつまで待っても、脳裏に翻ったのと同じ声や言葉や視線が降ってくることはなかった。代わり、膝のすぐそばに、何か雫が落ちてきた。
ぱた
雨など降ってはいないはずなのに、ちょうど目線の先に小さな染みができるさまを眺めた。一体、何がと思って顔をあげるとき、何の予想もしてはいなくて。
(……は)
あるはずだった鋭い眼差しと、軽蔑するために歪んだ眉のかわり。
(どうして)
無駄にぎょろりと大きな両目から、ぱたぱたと何かが流れでいた。
(お前が泣くんだ)
「ごめん」
声が聞こえた瞬間、その面立ちが酷く幼く形を変えた。流石夢、変幻自在の光景のなかで、彼はだいたい、齢十八といったところか。はらはらと、それはらしくもなく涙を零してそれを止めようともしない。まるで堰が壊れた川、留めるものを失くした水が暴れて溢れるような、豪快な涙だった。
「ごめんな」
こころのどこかが〝今更〟と言った。しかしそれは声にはならなかった。
伸ばされた両腕は、掴むはずの襟元を通り過ぎた。まだ少し、ほんの少しだけ柔らかさを残したしなやかな両腕が首に絡むと、自然、視界がふさがれた。
獣のような匂いはしなくて、花のような、やたらと甘い匂いがするのが不思議だ。
知らぬうちに、胸と腕を圧す縄の拘束がなくなっていたのに気が付いたのは、自分の腕がその未だ頼りない背中に、勝手に伸びていったから。
夢のくせに、その身体は酷く熱くてじっとりとした。
吐息が耳に触れた。
「ごめんな、」
聞こえた声は、小さかった。
「――――――――――――――」
(……全くだ)
瞬間、景色が崩れた。足場も失って、ただ暗闇に落ちていく。ただ、その間もまだ育ち切らない腕は自分の頭を抱きこんで離さなかったし、その背に回った己が腕も、それを放そうとはせずに。
(……これで、終わりか)
ただ、二人で落ちていくのを、何の恐れもなく受け入れていた。
//////////////
柔らかい日差しに瞼を撫でられたのを感じて、促されるようにゆっくりと瞼を上げる。ぼんやりとした視界から蘇ってくるのは、今生の感覚だ。
一人暮らし用の賃貸物件。一人用の寝床が狭く感じられるのは、そこに一人ではないからだ。
(……あぁ)
昨晩は遅くまで酒を飲んでいたのだった。一人で酔っぱらったのを放って布団に入ったことをしっかりと覚えているし、身体に酒も残っていない。床で寝ておけと言ったのに、こいつはいつも他人の布団に潜りこんでは寝息を立てる。
(まさかな)
前世が夢か、それともこの今生が夢なのだろうかと、未だに頬をつねってみたりすることがる。一度は命のやり取りをした相手の横で、こんな風に寝こけるやつがいるか、と。
(平和だ)
二度目の人生の自覚をしたときから、もう、出会わないと思っていた。出会うものかと思っていた。忘れたつもりでいた。でも出会ってしまった。忘れることなど、出来なかった。
「いちまつ」
呼べば、懐かしさで気が触れそうになる。
なぜあんな夢を、と思う前に、なるほど道理でと一人合点した。
日差しは温もりを残して、しかし吹く風は次第に冷えていく。
今生で、初めて二人で過ごす秋だ。
〝さきち〟
もう誰も呼ばぬ名でよばれたそのとき、振り向かなければ良かったか。しかし、それでも足は止まったし、首は勝手に動き、声のした方へ振り向き仰いだ。
〝さきち〟
目と目が合った瞬間に後悔をしたのはきっと、そのときはっしと、今再びの縁が結ばれてしまったことを心のどこかが理解したから。
まだ幼さを残した瞳を潤ませて駆け寄るその身体を、伸ばされる腕を、知らないふりで拒めばよかったかと何度思っても、もう出会う前には戻れないのだ。
〝――――――――――――――〟
泣きながら縋る彼はあの日、今見た夢と同じに何度も謝罪の言葉をくりかえして、そして同じことを言った。耳元でささやかれた言葉に、返事をしなかったこと、少し心にとどまっているから、あんな夢を見たんだろうか。
「……今度は」
今生でもまたいつか裏切るのだろうか、そして裏切られるのだろうか。今度こそ分かり会えるのだろうか。それともまた、寄り添うことは叶わないのか。
それはわからない、けれど。
「今度はちゃんと、殺せよ、俺を」
せめて最後は、終わりだけはと、願ってしまうのは、弱さだろうか。
「ん、ん~」
何の夢を見るのだろうか、もごもごと口元を歪ませる。今度はお前が、悪い夢でも見ているといい。
なりたての秋の、いつかの悪夢も。
「起きろ市松」
きっとお前なら、食いちぎり、飲み干せるのだろうから。
〝ごめんな、ちゃんと殺してやれなくて〟
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