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「最近嫌な夢を見るのだ」
まるで告解を求める信徒のような顔で、久しぶりにあった友が口を開いた。
その吐息から花の香りがしたような気がして、隠した思いが浮き上がりそうになる。
「聞いてくれるか」
自分が今まで彼の願いを拒んだことがあっただろうか。抵抗する術を持たないまま、高山右近はうなずいて、庭を進むその背中を追いかけた。
関ヶ原の戦いより後、少しやせた気がする背中に触れたくなる。寒くなりかけたこの時期に上着は忘れたらしい。しかし、寒いだろうと身を寄せるには、自分の下心が咎める。
「夢の中で、たまが私を呼ぶ」
言われて、つい先日失われたばかりの女性の面影を思い出す。彼の愛した彼女は本当に美しい、キリシタン、だった。
「呼ばれるままに部屋を進むと、棺がある」
人質になることを拒み、命を差し出したその最期はもう有名な話だ。
「棺の中には目を閉じたたまがいて、私はそれをじっと見つめている」
失くした室の話をされて、相槌をうまく挟めるほど距離のある関係ではない。ただ後を追いかけて話を聞くしかできない。忠興もそれで満足しているのか、振り向くことなく庭を歩く。
「見つめていると、息が苦しくなって」
庭はもう秋を過ぎて冬の色だ。冷たい風がひとつ吹いて、目の前の背中がまた一回り小さくなったように見えた。
「せき込むと、口から花が出てくるのだ」
思わず高山は足をとめた。愛する人の納まる棺の中に、花を吐き出す彼を想像した。その美しさと、それを美しいと思うことへの背徳感が混ざる。
足音の消えたのに気が付いたのか、振り向いた忠興の顔は、やはり少しだけ力がない。しかし滅多に見ることのない彼の憂えた顔は白く、今しがた想像したのより、美しく映る。
「そう、身構えてくれるな、夢の話だ」
そういってまた歩き出す忠興に、ようやく高山も歩き出す。
「こんな話ができるのは、高山殿くらいなのだから」
ずるい、そう思わずにいられなかった。自分の葛藤など置いてきぼりで、こんな風に甘えるなんて。
「…いくら吐き出しても花は出てきて」
そのくせ、その恋心を、もう亡い人に預けたままで、こんな話を聞かせて。
「たまの好きだった花で棺がいっぱいになるころ、ようやく目が覚める」
顔など見なくても、表情がわかるような声だった。
「これが恋煩いだとでもいうなら」
歩調を緩めて、空を見上げている。高山も追うように空を見上げた。
「死ぬまで癒えまい」
悪夢だよ、そうつぶやいた彼がぴた、と立ち止まり、こほ、と一つせき込むから、高山はあわてて自分の上着を脱いでその肩にかけた。ありがとう、と忠興が自分の肩に手を添える。指と指が触れた、それだけなのに、なぜかこみ上げるものがあって、高山は慌てて指を離した。
「風邪でも召されたか」
「…少し寒いな、そろそろ戻ろう。暖かいものを用意させる」
高山の上着に遠慮なく包まれた忠興が庭から屋敷へ足を進める。後を追おうとした高山の足元に、まっしろな何かが落ちていた
(花・・・?)
あたりを見渡しても、花をつけた木などない。不思議に思って拾い上げる。嗅いだことのないような甘いにおいがして、くらくらしそうだ。
〝せき込むと、口から花が出てくるのだ〟
先刻の言葉を思い出す。まさかな、と思いながら花を見つめる。彼の横顔を思い出したら、胸がつかえた。そのまま感覚が喉までせりあがって、思わずせき込む。
「けほ、」
覆った手のひらが何かをとらえた。痰でも出たかと慌てて手のひらを見れば、そこにあったのは。
(あぁ)
頭の中で声がする。
〝これが恋煩いだとでもいうなら、死ぬまで癒えまい〟
手のひらに、二つに増えた白い花が、甘い香りも倍にして、高山をじっと、見つめていた。
まるで告解を求める信徒のような顔で、久しぶりにあった友が口を開いた。
その吐息から花の香りがしたような気がして、隠した思いが浮き上がりそうになる。
「聞いてくれるか」
自分が今まで彼の願いを拒んだことがあっただろうか。抵抗する術を持たないまま、高山右近はうなずいて、庭を進むその背中を追いかけた。
関ヶ原の戦いより後、少しやせた気がする背中に触れたくなる。寒くなりかけたこの時期に上着は忘れたらしい。しかし、寒いだろうと身を寄せるには、自分の下心が咎める。
「夢の中で、たまが私を呼ぶ」
言われて、つい先日失われたばかりの女性の面影を思い出す。彼の愛した彼女は本当に美しい、キリシタン、だった。
「呼ばれるままに部屋を進むと、棺がある」
人質になることを拒み、命を差し出したその最期はもう有名な話だ。
「棺の中には目を閉じたたまがいて、私はそれをじっと見つめている」
失くした室の話をされて、相槌をうまく挟めるほど距離のある関係ではない。ただ後を追いかけて話を聞くしかできない。忠興もそれで満足しているのか、振り向くことなく庭を歩く。
「見つめていると、息が苦しくなって」
庭はもう秋を過ぎて冬の色だ。冷たい風がひとつ吹いて、目の前の背中がまた一回り小さくなったように見えた。
「せき込むと、口から花が出てくるのだ」
思わず高山は足をとめた。愛する人の納まる棺の中に、花を吐き出す彼を想像した。その美しさと、それを美しいと思うことへの背徳感が混ざる。
足音の消えたのに気が付いたのか、振り向いた忠興の顔は、やはり少しだけ力がない。しかし滅多に見ることのない彼の憂えた顔は白く、今しがた想像したのより、美しく映る。
「そう、身構えてくれるな、夢の話だ」
そういってまた歩き出す忠興に、ようやく高山も歩き出す。
「こんな話ができるのは、高山殿くらいなのだから」
ずるい、そう思わずにいられなかった。自分の葛藤など置いてきぼりで、こんな風に甘えるなんて。
「…いくら吐き出しても花は出てきて」
そのくせ、その恋心を、もう亡い人に預けたままで、こんな話を聞かせて。
「たまの好きだった花で棺がいっぱいになるころ、ようやく目が覚める」
顔など見なくても、表情がわかるような声だった。
「これが恋煩いだとでもいうなら」
歩調を緩めて、空を見上げている。高山も追うように空を見上げた。
「死ぬまで癒えまい」
悪夢だよ、そうつぶやいた彼がぴた、と立ち止まり、こほ、と一つせき込むから、高山はあわてて自分の上着を脱いでその肩にかけた。ありがとう、と忠興が自分の肩に手を添える。指と指が触れた、それだけなのに、なぜかこみ上げるものがあって、高山は慌てて指を離した。
「風邪でも召されたか」
「…少し寒いな、そろそろ戻ろう。暖かいものを用意させる」
高山の上着に遠慮なく包まれた忠興が庭から屋敷へ足を進める。後を追おうとした高山の足元に、まっしろな何かが落ちていた
(花・・・?)
あたりを見渡しても、花をつけた木などない。不思議に思って拾い上げる。嗅いだことのないような甘いにおいがして、くらくらしそうだ。
〝せき込むと、口から花が出てくるのだ〟
先刻の言葉を思い出す。まさかな、と思いながら花を見つめる。彼の横顔を思い出したら、胸がつかえた。そのまま感覚が喉までせりあがって、思わずせき込む。
「けほ、」
覆った手のひらが何かをとらえた。痰でも出たかと慌てて手のひらを見れば、そこにあったのは。
(あぁ)
頭の中で声がする。
〝これが恋煩いだとでもいうなら、死ぬまで癒えまい〟
手のひらに、二つに増えた白い花が、甘い香りも倍にして、高山をじっと、見つめていた。
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