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夏が温めた大地を冷まそうとするかのように、風が少しずつ冷えていく。毛利勝永は、そろそろ着るものも考えねばなるまいと思いながら、庭に出ようというところで、風の音に何かが混ざっているのに気が付いた。
(・・・これは)
伸びるように響く音、いや、これは。
(声・・・歌、か)
それは慣れ親しんだ旋律とは違うし、言葉も国の言葉ではないから聞き取れない。だけどどこかで聞いたことがある気がした。音をたどるように出た庭先に、見慣れた背中を見つける。
(明石殿、)
そう大きな声で歌っているわけではないのに、開いた喉から溢れるように出る歌声は良く通った。これを自分は、どこで聞いたのだろうか。
冬の訪れを告げる風が、明石の歌声と絡んで空に昇っていくようだ。言葉の意味など分からないはずなのに、なぜだか胸が痛むような気がした。
気がつけば足を止めていた。その歌声を聴いていた。何かを思い出そうとしていた。かつて、同じような景色を見たことがある。冷えはじめた風を受けて、異国の旋律を奏でる悲しみの混じる声、何かを諦めるような、祈るような。
「毛利殿、」
すうっと止んだ歌声に顔を上げると、名前を呼ばれた。
「あぁ、すまない」
邪魔をした、続けてくれ。そう告げても、明石は少し困ったような顔をするだけだった。
「続けてくれと言われましても」
聞かれているのを知っていて大声で歌えませんよ、その苦笑いを見てはじめて、自分がこの後もこの歌声を聴こうとしていたのだと気が付く。
「そ、うだな、失礼した」
日が少しずつ傾いていく。影が長く伸びる。空に溶けていく歌声をもう少し聴くことができれば、なにか思い出せそうな気がするのに。
「・・・キリシタンの、か」
「えぇ」
吹いては止んでを繰り返す、冷たい風が頬を撫でて、髪を、袖を揺すって過ぎていく。どうして自分がキリシタンの歌う歌を知っているのだろう。どうして。
「・・・主が」
話を始めたのは、明石だった。主、というのは多分、いや、絶対だが、宇喜多のことだろう。今は八丈島に流されて、会うことは叶わない。
「気に入っていて、良く歌いました」
その言葉を聞いたとき、脳裏に甦る言葉があった。苦い笑顔が、あった。
〝これをよく歌ってたんだよ〟
誰が言っていたのだったか。誰を思っていたのだったか。
「今日は風が吹くから」
そう言って、明石が空を見上げるのに、一緒に視線を上へと上げる。少し前まで、夏の熱気に滲んでいた青空はいま、高く澄んで見える。日が落ちて、もうすぐ赤く染まるだろう。
「届けば、いいと思って」
誰に、なんて聞けはしなかった。あの時も聞けなかった。
(あぁ)
そうだ、あれはあの時だ。関ヶ原の戦いに負けて、熊本の加藤家に世話になっていた時のことだった。
風が吹いていた。聴きなれない旋律がささやかに耳に届いた。キリスト教徒でないどころか、熱心な仏教徒ではなかったか、と疑問を思っても何も言わないでいたが、こちらの不思議そうな眼差しに、感づいたのだろう。
『・・・弔いだ』
そう言って、彼、加藤清正も空を見上げていた。そこに、思う人がいるような顔をしていた。
『キリスト教徒に念仏唱えても、しょうがないだろ』
そう言って、空を仰いだまま目を閉じた。そして、異国の旋律をそっと紡いでいた。それは多分ごく短い一節の繰り返しで、音程も不安定ではあったけれど。
『意味、は』
あんまり切なく響くから、思わず尋ねたのに、返ってきたのは苦笑いだった。
『知らねぇな』
吹く風は冷たくて、旋律は切ないのに、どうしてか、ほのかに、優しいような甘いようなにおいがした気がした。
『これを良く歌ってたんだよ』
誰が、とは、聞かなかった。聞けなかった。たぶん、あの人だろうと、そっと心の中で思った。
〝きっと届きましょう〟
それは、その時自分が加藤にした返事だったのか、今、明石に向けた言葉だったのか、あいまいなまま前を向けば、明石が微笑んでもう一度歌い出す。
冷える風に絡む切ない旋律は、高く天に昇り、甘い苦い記憶がぐるぐると渦をまいて。最後には優しい声が、思う人に届くだろうか。
(冷えるな)
自分が優しい声を届けたいのが誰なのか、考えようとして、やめた。
(・・・これは)
伸びるように響く音、いや、これは。
(声・・・歌、か)
それは慣れ親しんだ旋律とは違うし、言葉も国の言葉ではないから聞き取れない。だけどどこかで聞いたことがある気がした。音をたどるように出た庭先に、見慣れた背中を見つける。
(明石殿、)
そう大きな声で歌っているわけではないのに、開いた喉から溢れるように出る歌声は良く通った。これを自分は、どこで聞いたのだろうか。
冬の訪れを告げる風が、明石の歌声と絡んで空に昇っていくようだ。言葉の意味など分からないはずなのに、なぜだか胸が痛むような気がした。
気がつけば足を止めていた。その歌声を聴いていた。何かを思い出そうとしていた。かつて、同じような景色を見たことがある。冷えはじめた風を受けて、異国の旋律を奏でる悲しみの混じる声、何かを諦めるような、祈るような。
「毛利殿、」
すうっと止んだ歌声に顔を上げると、名前を呼ばれた。
「あぁ、すまない」
邪魔をした、続けてくれ。そう告げても、明石は少し困ったような顔をするだけだった。
「続けてくれと言われましても」
聞かれているのを知っていて大声で歌えませんよ、その苦笑いを見てはじめて、自分がこの後もこの歌声を聴こうとしていたのだと気が付く。
「そ、うだな、失礼した」
日が少しずつ傾いていく。影が長く伸びる。空に溶けていく歌声をもう少し聴くことができれば、なにか思い出せそうな気がするのに。
「・・・キリシタンの、か」
「えぇ」
吹いては止んでを繰り返す、冷たい風が頬を撫でて、髪を、袖を揺すって過ぎていく。どうして自分がキリシタンの歌う歌を知っているのだろう。どうして。
「・・・主が」
話を始めたのは、明石だった。主、というのは多分、いや、絶対だが、宇喜多のことだろう。今は八丈島に流されて、会うことは叶わない。
「気に入っていて、良く歌いました」
その言葉を聞いたとき、脳裏に甦る言葉があった。苦い笑顔が、あった。
〝これをよく歌ってたんだよ〟
誰が言っていたのだったか。誰を思っていたのだったか。
「今日は風が吹くから」
そう言って、明石が空を見上げるのに、一緒に視線を上へと上げる。少し前まで、夏の熱気に滲んでいた青空はいま、高く澄んで見える。日が落ちて、もうすぐ赤く染まるだろう。
「届けば、いいと思って」
誰に、なんて聞けはしなかった。あの時も聞けなかった。
(あぁ)
そうだ、あれはあの時だ。関ヶ原の戦いに負けて、熊本の加藤家に世話になっていた時のことだった。
風が吹いていた。聴きなれない旋律がささやかに耳に届いた。キリスト教徒でないどころか、熱心な仏教徒ではなかったか、と疑問を思っても何も言わないでいたが、こちらの不思議そうな眼差しに、感づいたのだろう。
『・・・弔いだ』
そう言って、彼、加藤清正も空を見上げていた。そこに、思う人がいるような顔をしていた。
『キリスト教徒に念仏唱えても、しょうがないだろ』
そう言って、空を仰いだまま目を閉じた。そして、異国の旋律をそっと紡いでいた。それは多分ごく短い一節の繰り返しで、音程も不安定ではあったけれど。
『意味、は』
あんまり切なく響くから、思わず尋ねたのに、返ってきたのは苦笑いだった。
『知らねぇな』
吹く風は冷たくて、旋律は切ないのに、どうしてか、ほのかに、優しいような甘いようなにおいがした気がした。
『これを良く歌ってたんだよ』
誰が、とは、聞かなかった。聞けなかった。たぶん、あの人だろうと、そっと心の中で思った。
〝きっと届きましょう〟
それは、その時自分が加藤にした返事だったのか、今、明石に向けた言葉だったのか、あいまいなまま前を向けば、明石が微笑んでもう一度歌い出す。
冷える風に絡む切ない旋律は、高く天に昇り、甘い苦い記憶がぐるぐると渦をまいて。最後には優しい声が、思う人に届くだろうか。
(冷えるな)
自分が優しい声を届けたいのが誰なのか、考えようとして、やめた。
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