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とらたいじ / 清行
夕暮れのころ、部屋に差す夕日をその頬に受けて口に馴染んだ題目を唱える清正は、背中で誰かの気配を感じて、口の動きを止めた。
「何の用だ」
 自分がこうしているときに邪魔をしてくるような人物は一人しか思い浮かばないのだが、その人物がすぐ近くにいるだなんて思いたくはなかった。
 返事もせずに近寄ってくる気配に苛立ちは増す。たった一人の人物に乱される自分の心にさえ、苛立つ。
 そんな清正の内心を知っていないはずはないのに、気配だけは全開にして近づいてくるのは隣の宇土城の主、その方を振り返るのも癪に障ると清正はそのままの姿勢で相手を待ち受けた。
 二人の距離が一尺ほどになった時、近づいていた気配がぴたりととまる。わずかに流れた沈黙の後に、清正の、一番嫌いな声が部屋に響いた。
「話聞きに来ただけやん、そんな嫌がらんといて」
「お前にする話なんかないぞ」
「傷つくわぁ」
 もちろん、清正の言葉に傷つく行長ではない。それがわかっている分、侮るようなそのしゃべり方も嫌だと奥歯をかみしめた。
 沈黙を待たずに、行長は続ける。
「朝鮮で虎退治をしたって、ほんま?」
 そんな清正に、頭の隅にもなかった話題がふりかかる。信じていないような口ぶりはきっと清正を挑発しているのだろう。
 今更そんな話を出してきて、何を企んでいるのかと、行長には見えないところで清正は眉間にしわを寄せた。
「だったらどうした」
 相手の思惑に乗ってやるものかと適当な返事をする。
「ほんまかいな、お虎が虎退治!」
 わざとおどけた声を出して、こいつはどこまで人を馬鹿にするのか、思わず振り向いて睨み付けてやりたくなるのをぐっとこらえて瞼を閉じる。
「なぁ、おせぇてな」
 一尺ほどしかなかった距離がまた縮まっていくのを感じる。
「虎退治のやりかた」
 返事はしない。目を閉じたまま、清正は相手の気配背中で受けてその動きを待っている。
「俺にも退治せなあかん虎がおるんや」

なぁ、虎之助

 行長はその名前を呼んで、清正の肩に触れようとした。その手をぐ、とつかんで、清正はその体を固い床に押さえつけた。 
 床に半ばたたきつけられたというのに、行長は平気そうな顔をしているから予想通りの展開なのだろう。清正にとっては、気に障ることばかりだ。
「お前に虎退治などできるか」
 自分でも驚くほど低い声が出た。腹が立つ。こんなに弱い腕で〝虎退治〟など。
「虎がどんな風に獲物を仕留めるか知ってるか」
こちらを見たまま目をそらさない行長に、弱いくせにと内心毒づいた。
「さぁ」
 相変わらずとぼけたふうにいう行長を、清正の眼は許さない。その瞳に炎がともる。
「俺が虎だったら、今頃もうお前は死んでいる」
 清正が大きく口を開ける。自分自身、いったい何をしているのかよくわかっていなかった。ただ、自分の中にある本能のようなものが、目の前の白い首にかみつくのが当然だというように信号を送って、まさに自分が虎になったような感覚がする。
 しかし、その尖った犬歯が行長の頸に届く前に、その感覚は霧散した。なぜなら自分の首元に添えられる刃物の感覚に気が付いたからだ。
 二人の間に緊張が走る一瞬だった。清正が噛みつくのが先か、行長の手にある短刀が刺さるの先か。
 そのどちらも正解ではないと、清正はその歯をひっこめて、ざらりと目の前の白い頸を舌でなぞった。
「ッひ!」
 その瞬間、小西の方からも緊張感が消えて、なにすんッ!と悲鳴が下から聞こえてくる。
それを聞きながら清正は行長の上から退くと、いつものように感情のこもらない目で行長を見つめた。
「ばかばかしいことを考えていないで、さっさと帰れ」
「・・・つれないな」
 そういいながら行長は、まだ舐められた部分が気になるのか、忌々しげに、予想外やったわと首を拭っている。
 その不本意そうな顔が、少しばかり清正の苛立ちを抑えた。
「くそ、虎退治は失敗やった」
「その気もないくせに」
「あ、ばれてた」
 残念、と軽く言う行長は物騒な短刀をしまいながら立ち上がる。そして、清正の横を通りすぎた出口の手前でくるりと振り返ると、にやりと笑ってこう言った。
「でも、久々にいいもん見たわ」
 ほなな、そう言って消えていく行長の背中をじっとみつめながら、清正はさっきの白く細い頸を思い出していた。
 しかしその時、世界を赤く染めていた夕日が沈んで濃くなる影の中、行長が清正の瞳に一時宿った炎を思い出して背筋を震わせていたことは、知らないままである。
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