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あの日もちょうど、こんな冷たい風の吹く日で、弱くなった肌に触れた手のひらがひどく暖かく感じた。
乱暴なのに眼差しが優しくて、拒むことができなかった。
***
稽古に遊びに疲れたのか、おやつの後、隣で午睡を始めた息子の寝顔を覗き込む。なにもなくても息子は可愛いが、永らく離れていた上に、その命さえ危うい時があった今、隣で眠るその姿は何よりも愛おしく感じる。
いろいろな経験をしてきたせいか大人びた顔をする息子も、寝顔は年相応で思わず微笑んだ。風邪をひかないように自分の上着を息子にかけるついでに自分も横になる。
抱きしめた体は随分大きくなったけれど、それでもまだ官兵衛の体にすっぽり収まるから、抱きしめれば暖かい。
自分もこのまま寝てしまおうかと丸まった小さな背中をぽんぽんとたたいていると、ん、とまだ小さな頭を官兵衛の胸に擦り付ける。
「ちち、うえ」
そのすがるような声色は、愛おしいだけのはずだった。なのに、寝ぼけて掠れた声が耳に届くのと、自分の胸に収まる頭が目の前にあって、つむじが覗くその光景に、既視感がある。官兵衛の頭の中に、もやもやとあまり思い出したくない、思い出してはいけない記憶がよみがえりそうになる。
(だめだ、思い出すな)
ふるふると首を横にふって、息子の頭を撫でる。その自分の動作さえ何かを彷彿とさせるから。
(このまま眠ってしまおう)
そう思って、目を閉じようとしたその時だ。
「ちちうえ」
もう一度そう息子が寝言を言った時、頭を胸に擦り付けた時、ついに思い出してしまった。
(あぁ)
今と同じような体勢で、息子とは似ても似つかない自分よりも大きな男をその胸に抱きしめた日のことを。
(どうして)
似ても似つかぬ声で、自分の名を呼ぶのを。
(今更)
眠っていながら決して離さないとでもいうかのように、絡みつく逞しい腕を。
勝手に脳が反芻しはじめるたびに、体温や声が思いだされてたまらない。自分を抱くときの態度は強引なくせに、指先と眼差しだけは随分優しくて困惑した。
支配しようとするくせに、官兵衛が拒むたびに目の奥に浮かぶのは安堵だった。その安堵に不満を覚える自分に気が付いて、絶望したのももう過去の事なのに。
(これでよかったんだ、これで)
終わりはあっけなく、別れの言葉も交わさぬまま離れたあと、こんなに簡単なことだったのかと呆然とした。
それともあの男は気が付いていたのかもしれない、そういえば、あの形のいい頭を抱きしめたのは、寝言で名前を呼ばれたのは、最後に抱かれた夜だったか。
これ以上思い出したらどうにかなってしまいそうで、息子をぎゅっと抱きしめて目を閉じる。腕の中の体温は優しくて、あの時とは何もかも違うのだ。
同じだったのは、すがるような声だけだったのだ、きっと。
(忘れることもできないで、これではまだ、とらわれたままだ)
心を牢の中に置いてきたような気持ちは消えないで、腕の中の体温に連れられて意識が遠く離れていく。それでもまだあの声は消えない。
『おれのものになれ、官兵衛』
乱暴なのに眼差しが優しくて、拒むことができなかった。
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稽古に遊びに疲れたのか、おやつの後、隣で午睡を始めた息子の寝顔を覗き込む。なにもなくても息子は可愛いが、永らく離れていた上に、その命さえ危うい時があった今、隣で眠るその姿は何よりも愛おしく感じる。
いろいろな経験をしてきたせいか大人びた顔をする息子も、寝顔は年相応で思わず微笑んだ。風邪をひかないように自分の上着を息子にかけるついでに自分も横になる。
抱きしめた体は随分大きくなったけれど、それでもまだ官兵衛の体にすっぽり収まるから、抱きしめれば暖かい。
自分もこのまま寝てしまおうかと丸まった小さな背中をぽんぽんとたたいていると、ん、とまだ小さな頭を官兵衛の胸に擦り付ける。
「ちち、うえ」
そのすがるような声色は、愛おしいだけのはずだった。なのに、寝ぼけて掠れた声が耳に届くのと、自分の胸に収まる頭が目の前にあって、つむじが覗くその光景に、既視感がある。官兵衛の頭の中に、もやもやとあまり思い出したくない、思い出してはいけない記憶がよみがえりそうになる。
(だめだ、思い出すな)
ふるふると首を横にふって、息子の頭を撫でる。その自分の動作さえ何かを彷彿とさせるから。
(このまま眠ってしまおう)
そう思って、目を閉じようとしたその時だ。
「ちちうえ」
もう一度そう息子が寝言を言った時、頭を胸に擦り付けた時、ついに思い出してしまった。
(あぁ)
今と同じような体勢で、息子とは似ても似つかない自分よりも大きな男をその胸に抱きしめた日のことを。
(どうして)
似ても似つかぬ声で、自分の名を呼ぶのを。
(今更)
眠っていながら決して離さないとでもいうかのように、絡みつく逞しい腕を。
勝手に脳が反芻しはじめるたびに、体温や声が思いだされてたまらない。自分を抱くときの態度は強引なくせに、指先と眼差しだけは随分優しくて困惑した。
支配しようとするくせに、官兵衛が拒むたびに目の奥に浮かぶのは安堵だった。その安堵に不満を覚える自分に気が付いて、絶望したのももう過去の事なのに。
(これでよかったんだ、これで)
終わりはあっけなく、別れの言葉も交わさぬまま離れたあと、こんなに簡単なことだったのかと呆然とした。
それともあの男は気が付いていたのかもしれない、そういえば、あの形のいい頭を抱きしめたのは、寝言で名前を呼ばれたのは、最後に抱かれた夜だったか。
これ以上思い出したらどうにかなってしまいそうで、息子をぎゅっと抱きしめて目を閉じる。腕の中の体温は優しくて、あの時とは何もかも違うのだ。
同じだったのは、すがるような声だけだったのだ、きっと。
(忘れることもできないで、これではまだ、とらわれたままだ)
心を牢の中に置いてきたような気持ちは消えないで、腕の中の体温に連れられて意識が遠く離れていく。それでもまだあの声は消えない。
『おれのものになれ、官兵衛』
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