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grille

時間をかけて火を通し、柔らかく仕上げました。

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めいめつ / 毛利三矢
「蛍が美しいですよ」
 戸の向こうの弟の声に呼ばれて外に出れば、庭に蛍が舞っていた。
 飛び回る雄の鋭い光と、それを待つ雌の柔らかな光が、庭のあちこちで明滅する。その光を楽しみたくてそっと灯りにしていた火を吹き消したとき、自分でない誰かが同じようなことをしている景色が一瞬浮かんで、しかし火と一緒に消えてしまった。
 二人で、だまって眺めた。不思議な黄緑は、皿に焼き付けることも布に染め付けることもできない色で、闇に浮かんでは消えて、また浮かぶ、その儚さだけが心に張り付く。
 何かが動く気配に首を動かせば、弟が草に手を伸ばしてホタルを捕まえていた。
(あぁ、)
 昔と同じだ。思い出す。あれはもう、随分昔のことだ。

―――――

 あの日蛍を見ようと提案してきたのは兄だった。
 また大内で覚えてきた風流な遊びかと嫌味を言いたくなるのをこらえていたら、幼い弟に背中を押されてしぶしぶ庭に出た。
 弟二人が座ったのを見届けて、兄が火を吹き消す。元春はその横顔をじっと見つめていた。焦げた煙の臭いが鼻をかすめた。
 光で線を描きながら、庭を蛍が舞う。
 元春には風流も何もわからない。それでも美しいとは思って、見とれた。でもすぐに、美しいとしか思えない自分が、考えてもわからない兄の心が、嫌になった。
(兄上は、)
 何を思うのだろうか。昔を思い出すのか、否、
「えい!」
 らしくない物思いは、幼い弟の声に断たれた。
「つかまえました!」
 そう言って、合わせた手のひらを優しく開く。不思議な色の光がまだ小さな指の間から漏れている。
 隆景はそれを嬉しそうに兄たちの元へ持ってくる。
 弟に手を差し出された隆元が、両手で皿を作ると、隆景はそこにそおっと蛍をとまらせた。やさしい光は、メスだろう。
「きれいだね」
 隆元が自分の手のひらを覗き込む。兄の横顔が淡い光に照らされて浮かび上がるのを、元春はじっと見ていた。
「きれいだ」
 もう一度そう言った兄の目はじっと蛍を見つめているから、元春が見つめているのが自分だなんて思ってもいないだろう。
 元春の目には、優しい光に照らされた、兄の横顔だけが映っていた。
 闇の中に、筆で書いたようにくっきりと浮かび上がる顎の曲線が現れては消える。光を映す瞳にも色がついて、瞬いている。
 見とれていた。だから、突然話し出した兄の言葉に返事をするのが遅くなった。
「たわごとを」
 兄の言葉に、しっかり向き合うのは、いつだって苦手だった。
 何の話かも理解せぬまま、見とれたことをごまかすために、冷たく返事をした。
 
―――――

「兄上?」
 目の前の弟はもう幼くなかった。随分男らしくなった手の中に、あの時と同じように蛍の光を閉じ込めて笑っている。
「おまえらしくないな」
 大人になって随分落ち着いた弟にもまだやんちゃな気持ちが残っていたのが意外だった。
 弟の中の蛍の光は、しかし記憶よりもすこし鋭い。
「雄か」
「幼いころは雌しか捕まえられませんでしたが」
 そう言いながらその手を差し出してくる。昔兄がしていたように、今度は元春が手のひらで皿を作った。
 手の中で暴れるのか、隆景はなかなか手を開かない。
「なぁ、隆景」
「何です」
幼かった彼は、覚えているだろうか。
「〝あのとき〟兄上は何と言ったか」
 隆景が、目を見開いた。その後苦笑いをして、さぁ、と返事をした。
「何か言っていましたか」
 ようやく、隆景が優しく手を開ける。蛍が元春の手のひらにぽとりと落ちてきた。
 飛んでいかないように、手で檻を作る。
 昔兄の手のひらにいた蛍よりも、随分明るい。
 予想していたよりも、蛍は手の中でおとなしくしている。チカチカと瞬く光は今も美しいだけだった。
「美しいな」
 思わず漏れた声に、そうですね、と兄に似た優しい声が応えた。
 美しいと思うだけでよかったのだと、今ようやく、そう思える。
「美しい」
 なぁ、兄上、心の中でそうつぶやいた時、突然、蛍が羽を開いて、手のひらの檻からすうっと出ていった。
 その光が闇に線を引いて消えていくのを見て、思い出した。
 兄は、こういった。
〝きっと私は二人より先に逝くだろうから、そしたら〟
 優しい苦笑いを思い出す。少し寂しげな、眉尻を下げた、困ったような顔を。
〝そしたら、蛍に生まれて、会いに来るよ〟
 蛍を闇に見送りながら、元春はつぶやいた。
「たわごとを」
 蛍になんかならなくても、十分美しかったのに。
 それを伝える術を持っていたら、何かが違ったのだろうか。そのままの姿でそばにいてくれれば、それでいいのだと。
 若い自分を責めながら目を閉じる。瞼の裏で残像がゆっくり消えていく。
「もういいだろう」
 黙ったままの弟の返事を待たずに、立ち上がる。目は暗闇に慣れて歩くのに差し支えはない。廊下を戻ろうとする元春の背中に、隆景が優しく声をかけた。
 「もうきっと、あんなに美しい雄は捕まりますまい」
 昔の兄の言葉も、自分の後悔も、すべてわかっていたのだろう。弟のつぶやきに顔だけで振り向くと、口元の笑みだけで返事をした。
 蛍は未だ明滅を繰り返す。夢には出てきてくれるなよと、もう一度庭に目をやれば、一際明るい光が、返事をするように瞬いて、消えた。
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