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時間をかけて火を通し、柔らかく仕上げました。

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二人で/又長
「兄貴、結婚するって、本当か」
 机にむかったままの背中にぶつけた声は、震えていた。

二人で


 長政が又兵衛に結婚の予定があることを知ったのは、つい最近だ。きっかけは、又兵衛の部屋で見つけた見合い写真。
 隠すようにしまわれたそれをなぜ見つけてしまったのかはもう覚えていないが、見つけてしまった瞬間、内臓がスッと冷えていくのを感じた
(なに、これ)
 着物姿の美しい女性の微笑に背筋が冷えて、乱暴に元の位置に戻した。真っ白になりそうな頭の中で、まだ期待する自分が、ただもらってきただけかもしれない、そもそもそんなんじゃないかもしれない、と動揺をなだめようとするけれど、条件はそろいすぎていた。
 又兵衛ももう26になる。結婚するには早いかもしれないが、恋人がいてもおかしくない。それに、もうすぐ長政も高校を卒業する。又兵衛が離れていくのを、引き止めるものなんて何もなかった。
 思えば、その日が境だったかもしれない。顔を合わせる機会が減って、一緒に出掛けるのも少なくなって、少しずつ又兵衛が自分から離れていくのを感じていた。髪に触れてくれない。頭を撫でてくれない。たまに一緒に眠るときに抱きしめてくれない。
 また、自分は間違えたのだろうか。行き過ぎたスキンシップに甘えてはいけなかったのだろうか。
(もう少し距離を置いていれば、又兵衛はそばにいてくれた?)
 そこまで考えてはっとした。現代で、同性愛者でもないのにずっと自分の隣にいてくれることなんてありえないのだ。一人の女性と家庭を築いて夫になり父になる。そんな将来を長政が奪うことなんて最初からできるはずがなかったのに。
 今度こそずっと一緒にいたいと思って、難なく今までそれが叶っていたから、目をそらしていたのだ。いつか居心地のよい場所が、奪われる日が来ることから。


 ある日又兵衛のシャツから、知らない柔軟剤の匂いがした。それからしばらくして、父から又兵衛がこの家を出ていくという話を聞いた。
 (また、だ)
 また又兵衛は自分を置いてどこかに行ってしまうのだと、三度目の別れに長政はおもわず泣いた。
(生まれ変わっても傍にいられないなんて)
 今度こそ間違えないと、誓ったのに。
 まだ覚えている。幼い日に、自分の人生が〝二度目〟だと気が付いたときに、そばにまた又兵衛がいた時の喜びも。遠い昔と同じように大切にされた幸せも。ずっと昔に間違って離してしまった手を、もう失わないと誓った日を。
(何か悪いことしたのかな)
 何もしないのが、良くなかったのだろうか。前世の記憶を知らないふりをして甘えることはいけないことだったのだろうか。最初からやり直そうという願いは、儚かったのだろうか。
 考えても仕方がないのは分かっていた。昔なかった血縁だけが永遠にここに残って、もう傍にはいられないことだけしか、長政にはわからなかった。
(もう傍に、いられないなら)
 考えすぎてぼんやりとした頭は、時に無謀な名案を思いつかせるのかもしれない。
(最後に思い切りすがってしまえ)
 それは、昔できなかったこと。何度も後悔したこと。どうせ離れるのなら、自分の思いすべてぶつけて、最後の一振りで傷をつけてやろうと思った。

////////////////////

「兄貴、結婚するって、本当か」
 ノックもせずにドアを開けて、突然背中に振ってきた弟の声に、又兵衛は思わず振り向いた。
「…どうした、突然」
「質問に答えてよ」
 ドアを閉めもせず、部屋に入らずにこちらを睨み付ける弟に、ついにこの時が来たかと又兵衛はごくりと唾を飲む。
「とりあえず、ドア閉めてこっちに来い」
 長政はおとなしく言うことを聞いて、いつものようにベッドに腰掛けた。又兵衛はその隣に腰掛ける。
「…まだ、正式に決まったことじゃないけど」
 長政はうつむいている。さっき見た時目が泣き腫らしているように見えたけれど、都合のいい見間違いだと又兵衛はそのつむじを見つめながら続ける。
「家を出る話は父さんから聞いただろう」
 何でもないように伝えられているだろうか。ごく普通の、兄のように。
「同棲して、結婚するつもりだよ。まぁ、しばらく後になるだろうけど」
 だから報告は急いでいなかったんだがと続けてもまるで言い訳のように沈黙に消えた。普通の弟なら、なんというのだろうか。祝うのだろうか、拗ねるのだろうか。しかし、ずっとつむじを見つめていた又兵衛の目前に現れたのは、泣き腫らした目にまた新しく涙を浮かべた瞳だった。
「なんで、」
 静かな部屋には弱弱しい声も良く響く。口を動かしたせいか涙が頬を伝うのを拭いたくなる欲求を封じ込める。
「なんでいなくなるんだよ」
 胸元に体温がもぐりこんでくる。シャツの胸元に涙がしみ込んでくるのがわかる。
「なんで傍にいてくれないんだ」
 本当はおもいきり抱きしめたい。細い体の骨が軋むほど抱きしめて、頭を撫でてやりたい。でも自分にはそんな資格は、ないのだ。
「なんでって、26になって実家にいる方が珍しいんだぞ」
 本当は背中に回したい手のひらで自分のものより随分細い肩を包むと、そっと体から引き離す。
 こちらを向く長政の顔は涙でびしょびしょで、自分が随分ひどいことをしているような気分になる。
(ひどくしないように、我慢しているのに)
「そろそろ、長政も兄離れしろよ」
 これが正解なのだと、自分に言い聞かせながら。
「ずっと傍には、いられないんだから」
 うまく言えただろうか。普通の兄のように。
 本当は言いたくない言葉を吐き出した時、しかし体はベッドに倒されていて、泣き顔の長政が自分を見下ろしていた。

////////////////////

「ずっと傍にはいられないんだから」
 その言葉が耳に入ってきたとき、長政は、自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた。
 気がついたら又兵衛に馬乗りになっていて、流れる涙が目の前の顔にぽたぽた落ちているのを見ていた。
「なんでだよ」
「ながまさ、」
「なんで!」
 生まれ変わったのは、こんどはずっと一緒にいるためだと思ったのに。何より強いきずなを手に入れて、離れることなんてないと思っていたのに。
「なんで、俺の傍を離れるんだ」
「…なが、まさ」
 また辛い別れをするために与えられた今生なら、
「もう、離さないって決めたのに!」
 今ここで失っても構わないとさえ、思うのに。
「どうしてお前は、また」
 そんなに簡単に別れを告げられて。
「俺の傍からいなくなるんだよ!!!」
 どうして傍にいることすら、許してもらえないのだろうか。
 涙で視界がぐちゃぐちゃで、又兵衛の顔が見えなくてよかったと、冷えはじめた頭のどこかで思う。
 もし彼が冷たい顔をしていたら、きっともう、立ち上がることもできないだろうから。

/////////////////////


 雨のようにふってくる涙と叫びを浴びながら、又兵衛は体中の血液がじわじわ沸いていくのを感じていた。
(覚えて、いるのか)
 そう思った瞬間、様々な記憶が頭の中をかけめぐる。それはあの日、今世で長政が生まれたあの時に前世の縁が脳裏に廻ったのに似て、それよりも幸せで濃密な思い出。
「もう離さないってきめたのに」
 自分もそうだった。生まれたての柔らかで小さな指が自分の人差し指を握りしめたあの日から。
「どうしてお前は、また」
 ずっと守ろうと決めていたのに、なんでこんなに泣かせてしまって。
「俺の傍からいなくなるんだよ!!!」
 欲しいのは今も昔も、たった一つだったはずなのに。行き場を求め続けた欲求が体中をめぐる。
 自然に右手が長政の頬にむかう。小さく丸い頬をとらえれば、長政がびくりと体を震わせるのがわかった。
 親指で涙を拭えば、うるんだ瞳と目があった。
「泣かないでください」
 そういえばまた涙がぽたぽたと落ちてくるから、そうじゃないという代わりに、今度は背中に手を回す。
 ずっと抱きしめたいと思っていた背中に手のひらが触れれば、もう我慢などできなかった。
「ッうわ」
 おもいきり引き寄せられて、長政の身体が又兵衛の胸に沈む。降りてきた体を胸に閉じ込めれば、いつぶりかの幸福感が又兵衛をとりまく。
「泣き止みましたか」
「ッ、あに、き?」
 又兵衛の言葉遣いの変化に何かをとらえる長政の耳に、又兵衛は優しく囁く。
「寂しい思いをさせて、すみませんね」
「あ、あに」
 自分から飛び込んできたのだから。
「もう離して、あげられませんよ、若」
 一際つよくその体を抱きしめれば、返事の代わりに嗚咽が響く。骨が軋むほど抱きしめても足りなくて、長政の首すじにかおをうずめて深呼吸する。
 このまま一つになれるなら、露と消えても構わないとさえ、思った。

//////////////////

「けっこん、は」
 ようやく落ち着いてきた長政は、やはりまだそこが気になるらしい。
「若は、私が結婚してもいいんです「よくない!」
 意地悪に即答するのも愛おしくて、頭を撫でれば、もっと撫でろとでもいうように額を鎖骨のあたりにこすりつけてくる。
「なんとかしますよ」
「・・・でも、相手の女の人とか」
 あんな大胆に仕掛けておいて、相変わらずだなと又兵衛はため息をつく。
「相変わらず、若は甘い」
「ッな!大事なことじゃないか」
 言い募る長政の頬を両手で挟んでこちらに向かせる。自分の欲望が誰かを傷つけることを恐れる瞳をが揺れている。
「いいですか」
 しかし、ここで揺れていたら、ずっと傍には、いられない。
「俺と、若が、ずっと傍にいるということは」
 長政の瞳は相変わらず揺れている。しかし目をそらすことはない。
「そういうことなんです」
 一瞬、顔をゆがめて、長政が目を閉じる。何かを振り払うような表情をした後、もう一度開いた瞳に、もう迷いはなかった。

 これから訪れる波乱と幸福の前に、ただ、今だけはお互いの温もりを自分のものにするために、そっと寄り添って、眠った。
 誰を傷つけても、何を失っても、今、二人で生きていくことを、決めた。
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