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時間をかけて火を通し、柔らかく仕上げました。

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僕が選ぶ君の選ぶもの/又長
冬を迎えるのはもう18回目だ。11月末の風はもうずいぶん冷たくなって裸の木々に吹き付けている。放課後の教室は、SHRが終わったばかりなのにもう人はまばらで、長政はため息一つついて立ち上がる。
 出かけ際に忘れるなよと又兵衛が首に巻いてくれたマフラーから又兵衛の匂いがするのは、自分がこっそり吹き付けた彼愛用の香水のせいなのに、まだ慣れなくてつけるたびにドキドキしてしまう。
 思いが通じ合ってもう3年になる、それでも彼の香り一つで自分ばかり胸が高鳴るのが悔しい。いつだって又兵衛は余裕のある顔をして、長政を子供扱いする。
 指先が触れることはあっても手はつながない。見つめ合うことはあっても口付けはしない。抱きしめられることはあっても、恋人同士のように抱き合うこともない。
(俺も、もうすぐ18なんだけど)
 あとひと月もすれば、誕生日が来る。父の官兵衛だって、もうすぐ18歳だから長政ももう大人だなと笑っていた。お祝いは弾んでくれると言っていたので、それは楽しみだけど。
 今の世での成人は20歳、とはいえ、18歳もなんとなく特別な意味を持っている。
(もう、免許だってとれるし、結婚だってできる)
 18歳になったら、何かが変わるのだろうか。
 ずっと一緒にいるという、口約束しかない、未だに兄弟のような関係が。
 昇降口を出るとき、そんな長政の不安をかき混ぜるように、冷たい風がひときわ強く吹いた。
(さむ)
「長政さま」
 寒い帰り道は嫌だな、と足早に校門を抜けようとしたその時、後ろから鈴を鳴らすような声が長政を呼び止めた。
「明智、」
「もしよろしかったら、ご一緒させていただいても?」
 長政は少し戸惑った。美しい彼女の恋人である細川は独占欲が強く、彼女が自分と二人でいるところなど見られたら親の仇のような目で睨まれたうえに微妙な嫌がらせをされることは分かっている。ただでさえ仲が悪いのに。
「え、忠興は」
「忠興さまなら大丈夫ですわ」
 委員会がありますから、と、長政の不安などにはまったく気が付かない彼女は、あろうことか長政の手を引いて歩いていく。
「ちょっと、明智」
「それに、今日は忠興さまには秘密のお買い物がしたいのです」
 だから長政さま、お知恵をお貸しくださいな。
 そうにっこりとほほ笑まれてしまっては、長政には断るすべはなかった。
「何を買いに行くんだ」
 平日の夕方でもそれなりに人のいる繁華街を歩く。学校帰りに連れ立って遊びに来ている学生も多くいて、同じ年の男女二人はその人並みによく馴染んだ。
「もうすぐ、忠興さまのお誕生日なのです」
 そういえばそうだ、自分のひと月先に年を取るたびに、見下すような態度をとる忠興を思い出す。
「プレゼントでも買うのか」
「そうですわ」
「でも、なんで俺なの」
 もう付き合っている二人の誕生日プレゼントなら、一緒に選んだって問題はないだろうし、彼女は父親と仲が良いから、別に自分でなくても、と思うのだが。
「わたくしのお誕生日に、忠興さま、とても素敵なものをくださったの」
 すると、たまは頬をそっと桜色に染めて、鞄の中から、小銭が入るかどうか、というくらいの大きさの、上品な巾着を出した。
 たまの白い指が、その中から取り出したのは。
「ゆ、びわ?」
 桜貝のようなかわいらしい爪と爪の間、いかにも高そうな指輪が銀色に輝いている。控えめな真珠のはまる、上品で、たまによく似合いそうな指輪だ。
「ただの指輪ではありませんわ」
 たまは、その指輪をそっと巾着にしまって、鞄の中に戻しながら、自慢げに話す。
「婚約指輪ですの」
 そういう彼女の笑顔は本当に幸せそうだった。名前の見えない感情が、長政の脳裏を一瞬過ぎ去る。
「だから、私からお返しに、腕時計を差し上げたいのです」
 でも、同じ年頃の殿方の好みがわからないから、お付き合いをお願いしたのですわとたまはやさしく長政を見つめた。
「あいつは、明智からもらえるものなら何でも喜ぶだろ」
「そうじゃなくて、わたくしが、忠興さまのために忠興さまに似合うものを悩んで選びたいのです」
 たまはいつになく強い口調で言った。
「忠興さまもきっと、この指輪を一生懸命選んでくださったのだから」
 だからどうかお付き合いくださいませね、そう言ってたまはまた微笑む。心から愛されているのがわかるその表情が、長政には眩しくて仕方なかった。

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 連れていかれたのは高級な宝飾店で、長政は縁のないその店で一人居心地悪くたまについて歩いた。
 どうやらたまの父親が懇意にしているようで、店員とも気さくに話をしている。俺来なくてもよかったんじゃないの、とため息をついたとき、たまが自分を呼んだ。
「長政さまが使いやすいのは革のベルトかしら、金属の方がいいのかしら」
「学校に着けてくならゴツいのはちょっと嫌だけど、目立つし」
 しかし、高校はもうすぐ卒業する。冷たい印象のある忠興には、金属の方が似合うような気がしたが、自分から意見はするまいと、言いかけてやめた。
「明智が似合うと思ったやつが一番いいと思うよ」
 長政がそれだけ言うと、たまは嬉しそうな顔をして、また真剣な顔でガラスケースをにらみ始めるから、もう自分の出番はないだろう。居心地は良くはならないがすぐに慣れて、あまり周りに触れないように店内を見て回れば、本当にいろいろな種類の時計があった。
(あ、これ、にあいそう)
 誰に、とつかない時は、だいたい知らないうちに又兵衛のことを考えているときだ。自分の欲しい時計より先に、彼に似合いそうなものを見つけてしまう自分の頭は素直だと思う。
 買うつもりはないが、なんとなく値段をみると、ゼロの数が多すぎて数えるのをやめた。いったいたまはいくらの時計を買うのだろうか。
(おれもいつか買ってやろうか)
 又兵衛に似合う腕時計を探すのは楽しそうだと、笑みをこぼしたとき、たまも選び終えたようで、店員に後日父親と来店する旨を伝えて店を後にした。
 
----------------

 他に用もなく、たまとは店を出てすぐに別れた。駅の改札を抜けながら、たまが見せてくれた指輪を思い出していると。若、と自分を呼ぶ声がしてそちらをみる。
「若、よかった、会えた」
「又兵衛」
 そこには、仕事帰りらしい又兵衛がいた。
「今日は定時で上がれたのか」
「最近はまだ楽な方です。大変なのは来月から」
(来月、忙しいのか)
 来月には自分の誕生日がある。でも、忙しいらしい。もしかしたら、誕生日祝いなんてしてもらえないかもしれない。すぐにそんなことに思い当って落ち込みそうになる自分に気が付くから、子供じゃあるまいし、とその気持ちを振り払おうとする。
 しかしそんな長政の思いなど又兵衛はお見通しで、大丈夫ですよと又兵衛の声がかかる。
「若のお誕生日は、都合をつけますから」
 欲しいもの考えといてくださいね、そういわれて思い出すのは、先ほどたまに見せてもらった綺麗な綺麗な、指輪だ。
(婚約指輪、って言ってた)
 そう言って至極幸せそうに笑っていた。
(羨ましくなんかない)
 婚約とか、結婚とか、正直まだよくわからない。女々しいことは考えたくない。
(指輪なんて、欲しくない)
 けれどもその指輪の先にある約束はどうにも魅力的だった。その人がずっとそばにいてくれるという約束。
「そんなの自分で考えて、俺を満足させてみろ」
 我ながら生意気なセリフだと思う。又兵衛が可愛くないなぁと悪態をついた。
 ため息をつきながら、たまが必死に腕時計を選んでいた時の真剣な横顔を思い出す。又兵衛は自分のためにあんな顔をしてくれるのだろうか。
 「…楽しみにしていてくださいよ」
 又兵衛がそういうのに適当な返事をしながら、真剣な顔で、自分に似合うものを選んでくれるのだろうかと考える。
 なにもいらないから、その顔が見たいと思った。

//////////////////


 月日の経つのは早いもので、朝が遅く夜が早い。風は随分冷たくなるけれど、長政のマフラーにはまだ又兵衛の香水の香りが染みついている。
 今日は長政の誕生日だ。幸いなことに土曜日だったため、家族総出でのお祝いは昼間になった。美味しいものを食べて皆からプレゼントをもらって、父にめいっぱい甘やかされた幸せな時間が終わると、又兵衛が長政を呼ぶ。
「若、出かけますよ」
 そういって、勝手に長政の首にマフラーをかけて、コートを着せようとする。
「え、何、聞いてないけど、」
「殿には許可をいただいています」
 言われて父の方をみると、にこにこしながら行ってらっしゃい、とこちらに手を振っている。
 「でかけるって、どこに」
 「いいから」
 子供の面倒を見るようにコートのボタンを留められて、何のためらいもなく手を引かれる。
(うわ、)
「デート、ってやつです」
 そういう又兵衛は後姿だけれど、耳が赤くなっているのがわかる。
 指先から体温が伝わるのは久しぶりで、胸がときめくのに長政は顔をしかめた。
(何か変わるのかな)
 18歳になったら、とずっと思っていたことが、胸の真ん中にぽんと浮かび上がってきた。

---------------

 その後は本当に普通のデートだった。二人で街中を歩いて、気になる店に入ったり、おしゃれなカフェに入ったり。
 ただ、街はもうどこもクリスマス一色で、直前の土曜日だからかそこかしこに恋人たちが並んで歩いている。
 ひと月前にたまと入った宝飾店もカップルでかなり込み合っていて、思わず足を止めてしまった。
(お揃いの指輪でも買うのか)
 たくさんの幸せそうな笑顔が、眩しい。
「どうしました」
 又兵衛に声をかけられて、はっとする。なんでもない、と返事をすると少し早足でそこから離れた。余計なことを考えてしまいそうで、怖かったから。
「どこもかしこも人だらけだから、そろそろうちに行きましょうか」
 そういう又兵衛に手を引かれて、あぁ、もう家に帰るのかと少し寂しくなる。
(まだプレゼント、もらってないよ)
 ずっと気になっていたことは結局、本人に言えるはずもなく、長政はただ、おう、と返事をした。
(18歳になっても、何も変わらないのか)
 まるで、恋人たちでにぎわう街に、追い出されるような気持ちになった。

---------------
 
「え、又兵衛、うちって」
「だからうちじゃないですか。俺の」
 てっきり実家にかえるものだと思っていたから、おどろいた。又兵衛が一人で暮らしているこのマンションには何度も来ているけれど、いつも長政が押しかけてきていたから、招かれるなんて思ってもいなかった。
「え、でも、夕ご飯とか」
「まぁ今日は、俺に任せといてくださいよ」
 エレベーターに押し込まれるように乗って、たしか5階の角部屋が又兵衛の部屋だ。
「今日は若の誕生日ですからね」
 す、エレベーターがとまって、廊下に踏み出す時、背中に添えられた又兵衛の手にドキドキした。
(もう、6時だ)
 門限を過ぎても携帯が鳴らないのは、それを黒田家が承知しているということだ。
(なんだろ、)
 又兵衛が開けたドアをすりぬけて部屋に入るとき、何かが変わるような予感がした。しぼみかけた期待がまたむくむくと湧き上がって、でも、期待外れがこわいから、見ないふりをしようと思った。


---------------

 又兵衛が用意していた夕食は普通に美味しかった。これでもかと長政の好物ばかりあつめて、昼間とかぶっていないのだから示し合わせていたのだろうか。
 デザートには近所の和菓子屋のくずきりと緑茶が出てきた。すでにケーキを食べていたから、これも配慮だろうか。誕生日とはいえ、大切にされすぎてくすぐったい。
 くずきりを食べ終えて、少し冷めてちょうどよくなった茶をすすっている長政は、だから油断していたのかもしれない。変化を諦めたほうが心が落ち着いて楽しいから、このままでも幸せだと思ってしまったから。
「若」
 だから突然向かいに座った又兵衛が、真剣な声で名前呼んだとき、身構えるのを忘れていた。
 少しびっくりして顔を上げると、又兵衛はやはり真剣な顔でこちらを見ているから、長政もつられて真顔になる。
「なんだ」
「今日帰りますか、泊まっていきますか」
 時計を見れば早いものでもう9時だ、たしかに帰るならそろそろここを出ねばいけない。なんだかんだ言って好きな人と一緒にいるのだから帰りたいとは思わない。そばにいたい。でも、泊まる用意もしてないし、何より、又兵衛の気持ちがわからない。
 何と答えていいのかわからず、考えるふりをしていると、湯呑を持つ長政の指を優しく撫でながら又兵衛が口を開いた。
「帰るなら、今から家に電話してください」
 指撫ででいた指が、手首に絡む
「泊まるのであれば、今日、俺は」
 又兵衛の親指が、まるで脈を図るように、長政の手首をきゅっとつかんだ。
「若を、抱きます」
 瞬間、何を言われているのか理解ができなかった。理解したとき、顔が熱くなった。
「な、又兵衛」
「選んでください」
 又兵衛の顔をうかがえば、その顔は真剣そのもので、少し辛そうだった。
「ずるいのは分かっています、でも」
 心なしか声も震えているようだ。又兵衛のこんな姿を、見たことがあっただろうか。
「俺は貴方に選んでほしい」
 後悔させたくないから、そういって又兵衛は、黙ってしまった。
 なんで今日こんなことを言うのか、と思ったのは一瞬で、すぐに分かった。今日だからだ。長政が、18歳になったから。
 はっとした。子供扱いされるたびに不満だったけれど、今、又兵衛は大人として長政に選ばせようとしている。
 なんだかんだいいながら、自分は又兵衛に甘えていたのだ。自分からキスもそれ以上もせがめなかったのは、その責任を負うのが怖くて、又兵衛が手を差し伸べてくれるのをまっていただけだったのだ。
(でももう俺も、子供じゃないんだ)
 選ばなければいけない、これから又兵衛とどういう関係になるかを、今ここで選ばなければいけない。
 きっと又兵衛は今まで何もしないことで、逃げ道をくれていたのだ。いつでも引き返せるように。その配慮がありがたいと同時に、痛い。たった一人だけのものになる覚悟だけなら、ずっと、ずっと前からできていたのに。
「バカにすんなよ、又兵衛」
 ようやく出た言葉は相変わらず生意気になってしまうけど。
「待ちくたびれた、ばか」
 恥ずかしくて、又兵衛の顔が見られない。風呂入ってくる、と席を立った意味を、きっと又兵衛は理解しただろう。
(やっぱり変わるんだ)
 不安より期待が大きいことが、嬉しかった。

//////////////////


 いつもより念入りに体を洗って外に出ると、いつの間にかそこに着替えが置いてあった。新品のパンツの袋を開けながら、どうせ脱がすのにと自分で思って赤面する。
 パジャマはどうやら又兵衛が普段使っているもののようで、袖を通すと少し大きい。
(またべえの匂いがする)
 それに気が付いてしまうともうだめで、リビングに抜けるころには随分気疲れした。
「出たけど」
「っ!あぁ」
 そう声をかけると、又兵衛がソファから立ち上がって浴室へ向かう。気恥ずかしくて、会話はない。ただ、すれちがうときに、ベッドで待っていてください、とだけ又兵衛に言われて、いよいよだと長政は改めて覚悟を決めた。
 又兵衛のベッドルームは綺麗に整えられていて、間接照明まで置いてあった。ベッドわきの小さな棚には難しそうな本が沢山詰まっている。読んでいる本が棚の上に置いてあるからタイトルを読んでも、ペラペラめくっても長政には難しいことしかわからなかった。
 ベッドそのものも綺麗に整えられている。今日ここで自分はどんな風になってしまうのだろう。すこしだけ、怖い。
 はぁ、とため息をつくと、ガチャリと扉の開く音がした。予想以上に肩がはねたのごまかすように入り口を見ると、上半身裸でタオルと首にかけた又兵衛がいた。幼いころよく見ていたそれとは違う男らしい体に、思わず釘づけになる。
「あんま見ないで下さいよ」
 そう言いながら又兵衛は長政に歩み寄る。頬に右手が添えられて、又兵衛の顔が近づいてくる。
「もう、逃げ道はないですよ」
「必要ない、そんなもの」
 そう返事をして目を閉じると、唇に暖かくて柔らかいものが触れた。これから自分は又兵衛のものなる。
 そして又兵衛は自分のものになるのだとベッドに沈みながらそう思った。

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 それからあとはもう又兵衛にされるがままだった。
 誰にも触れられたことのない肌に又兵衛の手のひらや唇が触れるたびに腰が浮く。思わず出そうになる声を我慢しようと唇をかめば、血が出るからと口づけでたしなめられた。
 いつもは若、と呼ぶくせに、こんな時ばかり長政と名前を呼ぶから嬉しくて、返事の代わりに自分も何度もまたべ、と名前を呼んだ。名前を呼ぶしかできなかった。
 どろどろに溶かされて、肌と肌の境目がわからなくなるかと思った。流石に最初から挿入とまではいかなかったけれども、自分でも触れたことのない部分をしつこく責められて、又兵衛の指の形を覚えてしまうのではないかと思った。
 「気持ちいいか、長政」
 敬語も抜けた又兵衛にそんな風に聞かれると感じすぎてしまう。素直に気持ち良いなんて言えないでいると、感じるところを強く刺激されるからたまらない。
「やぁ、だめ!きもちぃ、きもちいからぁ!」
 もう許して、と泣きながら言えば又兵衛は雄の顔でにやりと笑う。そのギラついた瞳はどこかで見たことがある気がした。
 日付を超える前に限界がきて、へとへとの体で眠りについた長政は疲労の奥に満ち足りた様子のある顔をしていた。

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「ん、う…」
 目を覚ますと目の前に胸板がある。途端に昨晩のことを思い出して、顔に熱が集まってくる。
 体もベッドもさらさらしているから、あのあとしっかり世話をしてくれたのだろう。
(うわ、恥ずかし)
「起きましたか」
 羞恥に身もだえていると、つむじのあたりから聞こえてくる声。寝起きのせいですこし低いから、頭に響いてゾクゾクした。見上げた又兵衛の顔がなんだか昨日よりかっこよく見える気がして、俺は乙女かよ、と奥歯をかみしめた。
「…おはよ」
「おはようございます」
 額に口づける又兵衛の眼差しがまだ優しくて、戸惑う。
「若が起きたなら、朝ご飯作ってきますね」
 そう言って離れていく体温が惜しくて、思わず腕をつかんでしまう。その自分の指に、見慣れない何か。
「…え」
 長政は自分の左手に釘付けになった。その薬指にはまるのは。
「…昨日若が寝てすぐつけましたから、誕生日には間に合いましたよ」
「ゆび、わ」
 小さな石の入った黒い指輪がそこにぴったりとはまっている。
「やっぱり、良く似合う」
 はっとして、又兵衛の顔を見れば、とても優しい顔をしていた。指輪に視線を戻すと、この世のどんな指輪よりも自分に似合うように思えた。又兵衛が選んだのなら。
「ありがとう」
 欲しいものを、すべてもらった気がした。
「大事にする」
 長政が微笑みながらそういった瞬間、その体は又兵衛に抱きしめられて、二人の体はベッドにもどった。
「俺も大事にします、若」
 又兵衛の腕にきつく抱きしめられながら、長政は薬指の指輪に優しく口付けをした。
 どうかこれから、二人が離れてしまわないように。
 ずっと一緒にいられるようにと、願いを込めて。
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