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これが恋なら、上手に忘れられたのに
これが愛なら、きれいな思い出にすることだってできたのに
Good night, loser. -nightmare-
「乱数は?」
幻太郎と帝統の会話はボクにとって、小鳥のさえずりのようなものだから、急に話を振られるといつも困ってしまった。でも幻太郎はそのことを良く分かっているから、すぐにボクにもわかるように聞き直してくれる。
「乱数は信じますか?運命の赤い糸」
うんめいのあかいいと。その言葉を合図にして、左手の薬指の付け根に、何かが絡みつくような幻覚。あぁ、嫌だな。
「……えぇ~何ソレ」
「意外や意外、帝統は信じるそうですよ」
「そうはいってねーだろ」
幻太郎と帝統のふざけた声色はいつも通りなのに、左手指先から体温が奪われていくような感覚は、いつもとは違う。
つーかなんでうんめいのはなしになってんだよ。おや?ちがいましたか?おれがしてたのはうんめいじゃなくてうんのはなしだ。だいたいおなじでしょう?まったくちげーよ。
「なぁ乱数」
名前を呼んで振り返る帝統の馬鹿っぽい顔も、わざとらしくきょとんとした幻太郎の顔も、いつも通りなのに。
「……」
その向こうに、灰色の、いや違う。本当は綺麗な青色をした瞳がみえて、苛立ちを制御できなくなる。
“飴村君”
「ばかじゃないのぉ」
薬指にからまるのは、赤い糸なんかじゃない。
“飴村君”
「そんなもの、あるわけないじゃん」
ホログラムみたい、光に透けて色の変わる長い、長い髪の毛だ。
“飴村君”
「そんなもの、あったら×××だよ」
あぁ、薬指が痛い。
××××××××××××
「飴村君」
目を開けた、つもりだった。けれど視界は暗闇だ。何度か瞬きを繰り返して、自分が覚醒しているのか、そうでないのかを確認する。両目を覆う、多分、レースの布に引っかかるから、自慢の長い睫毛が今は鬱陶しかった。
(ゆめ、か)
意識的に少し深く呼吸をすれば、不愉快なアルコールの匂い。指先に触れるシーツは硬くてごわごわとする。
「飴村君」
(こっちは夢じゃなさそうだな)
起き抜けに聞くのが世界で一番嫌いな人間の声ならば、ずっと夢の中で二人のさえずりを聞いて居たい。そんな気持ちでもう一を目を閉じたら、ウィンと機械音がしてベッドが動く。勝手に持ち上がる上半身に、チッと大きく舌打ちをした。
「ちょっと、何?嫌がらせ?」
「……朝ごはんだよ」
その声の後、かちゃんと微かな音がして、アルコールの匂いを、何かダシのような匂いが覆う。きょうの朝ごはんは和食だよ、聞いてもいないのにそんなことを言う。ギギギと聞こえてきた音は、備え付けの椅子を引きずる音だ。
「いらないって言ってんじゃん」
「そう言うわけにはいかない。今、君は私の“患者”だからね」
世界で一番嫌いな声に、世界で一番言われたくなことをいわれる。衝動で舌を噛みちぎりそうになるのはしかし見とがめられて、長い指に顎を取られればいやでも口が開いた。
「今日は大人しくするように」
ほとんどむりやり流し込まれるのはリュウドウショクとかいうやつで、咀嚼しなくても食道を通っていってしまう。ほとんど液体みたいな何か。味は今日も、はっきりは分からなかった。
「おいしいかな」
もし返事が出来る状態なら、クソまずい、もうやめろと喚き散らして殴り飛ばしていただろう。
「まだわからないのかい?」
返事が出来る、状態ならば、だ。
「……」
テリトリーバトルのことは、正直よく覚えていない。負けられない、負けたくない、勝つためだったらなんだってする、そう思って何かを叫んだことしか覚えていない。
「まったく、自分で自分の五感を殺すなんて」
一番最初に戻ったのは聴覚。大嫌いな声で目覚めたときは、酷い悪夢に泣きたくなった。
「本当に愚かだね」
次に戻ってきたのは嗅覚。嫌悪感しか湧かない病院の匂いが突然肺を満たしたときは、思わずえずいた。
「自分のものだからと言って、身体を粗末に扱っていいわけじゃない」
一方的に説教をきかせながら、無理矢理何かを流し込まれる。味覚は正直、まだあまり戻っていない。
はい、おしまいだよ。他の感覚が鈍いせいか、聴覚と嗅覚は鋭くなったようなのが忌々しい。小さな声でもよく聞き取れた。口元を拭う柔らかい布からは、懐かしい、花みたいな匂いがした。
「それじゃ、アイマスクを変えようか」
突然視覚が戻ったとき、強い光が目を傷めないようにと寂雷はレースの目隠しをボクにあてがった。そんなこと言って、きっとただのジジイの悪趣味だ。何色が良い?と毎日聞くけれど、ボクは返事をしてやらない。
「今日は紫色にしようか」
花の香りを纏っているのが、レースの目隠しなのか、寂雷の長い指なのかは探らない。ほほにサラリと揺れた指先に、びくりと背中が震えてしまう。
優しくされればされるほど、虚しくて虚しくて仕方ない。自分が今、かわいいかわいい“クランケ”のうちの一人になり下がったことを、絶え間なく突きつけられている。
いつだっただろう。この男がこの世の全てを“平等”に愛そうとしていることに気が付いたのは。
その他大勢にカウントされるなんて許せなかった。誰にとっても特別でいなければ気が済まなかった。この世の全てを愛そうとする人間のたった一人になるためには、憎まれるのが早い。そう思ったのが多分、間違いだった。
「はい、できた」
憎悪をできるだけ膨らませるために、嫌い、嫌いと吐くだけ吐いた。内側から響く言葉は、どんどん本当になってくる。
そのせいで苦くなる舌の上を甘いキャンディでごまかして、舌を噛む代わりにそれをかみ砕いた。
負けるわけにはいかなかった。強い言葉を吐くために、強い感情が欲しかった。だから舌の上をたくさん汚したのに、そのせいでボクは逃げだすことさえできなくなった。
「飴村君、口を開けなさい」
口調は気持ち悪いくらいに穏やかなクセに、ボクが言うことを聞くと思っていないから、唇をこじ開けてくる長い指は少し乱暴だ。噛みちぎってやりたいと思うのに、苦くて臭いゴム手袋で喉奥を圧されるからそれもできない。
無理矢理開けられた口に、今日も押し込められるのは、少し前まで気に入って舐めていたロリポップ。
「何味かわかるかい?」
甘いことは分かる。分かるのに、香りや風味がわからない。適当に「ぶろう」とこたえたら、ふぅ、と深いため息が聞こえた。
「正解は、りんごだよ」
あぁ、今日もテストには不合格だ。口に入ったままのキャンディをもう一度舐めると、確かにりんご味のような気もしたし、騙されているような気もした。右手で棒を探り、舌の上でくるくると回してみるけれど、結局よくわからない。いちど口から出してみても、やっぱりただ甘いだけだった。
「それじゃ、私は仕事があるから、飴村君」
呼ぶ声に、さっきの夢がフラッシュバックする。薬指に絡むのは、刺すように煌めく、紫色の長い髪の毛。
「大人しくしているように」
ドアの開く音、鍵のかかる音、寂雷は足音をあまり立てないから、その瞬間に気配は消える。
(痛い)
消えるのに。
(いたい)
左手薬指の付け根に絡むそれは、振りほどこうともがけばもがくほど、きつく食い込んでいく。
「クソ、ジジイ」
本当は知っていた。彼の知らないところで、彼の忌むことを繰り返しながら、彼のことなんて忘れて、気持ち良く、楽しく、シアワセになるのが、一番の復讐になることを。
そうしないと、自由になんてなれないことも。
「もう、ほんと、サイアク」
それなのに、どうして選んでしまったのだろうか。戦うことを。
「嫌い、大嫌い」
どうして忘れられないのだろうか。昔の昔、前世の記憶なんじゃないかって思う程遠いいつか。胸元のタイピンに絡んだ長い髪の毛を、上手にほどくことができなくて、裁ちばさみで刃を入れた、あのときのことを。
‶乱数は信じますか?運命の赤い糸"
「ちがうよ、幻太郎」
紫色の髪の、まだ生きている方はさらりと離れていったのに、胸元で死んだそれはぐちゃぐちゃとお気に入りのリボンに絡んで醜かった。
「運命の糸は赤くないし」
醜い残骸の絡んだリボンを解く長い指からは、甘い匂いがした。ベッドに落ちた髪をつまもうとしたら、その手を取られて薬指を噛まれた。
「そんなもの、あったらじごくだよ」
そうだ、ここは地獄だ。
右手のロリポップを咥えて思い切り歯を立てる。ガリッ乱暴に噛み砕くとき、じわっと染みるように広がる甘さ。
「……あま」
そそのかすのはヘビ。失うのは楽園。本当でも嘘でも、悪趣味なセレクト。
薬指の痺れがじわじわと腕を伝って、全身を支配するような錯覚が怖い。長い髪に結ばれて、操り人形になってしまう?
酷い現実から逃げるには、眠ってしまうほかに方法がないから、何も映さない瞳を瞼にしまう。しかしそのとき目隠しから花の匂いがしたせいで、瞼の裏に紫色がさらりと流れて。
「……サイアク」
逃げ場はどこにも、無いらしかった。
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