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「氏綱君は私の事あまり好きじゃないでしょ、わかるよ」
縁側に座り、猫と遊びながらそんなことを言う。その表情は、見えなかった。
暑い日だった。外を歩けば湿った潮風が絡みつくのに、刺すような日差しで、汗も蒸発しそうだった。
眼下には青い海が陽の光を反射してきらめいている。氏綱はそっと汗をぬぐい、門をくぐった。
屋敷に入ってしまえばなかなか快適で、上手く風を入れるのはさすがと氏綱も感心する。
「暑い中、大変だったでしょう」
微笑みながら先程運ばれた茶を差し出すのは、里見実堯、敵を同じとして協力する相手だ。しかし自分は決して味方ではないのに、その表情や対応があまりにも無防備だと何かにつけて思う。
もてなしの冷茶は素直にうれしいが、些か緊張感にかけるなと、いつもと変わらない感想を抱いて、自然眉間にしわが寄る
「そろそろ、義豊くんたちが騒いでいるみたいです」
世間話をするように突然、本題に触れる。眉間のシワが深くなる。中身を飲み干して空になった茶碗を置いた。
「…そうか」
氏綱は今自分の目の前にいる人物が少し、苦手だった。
いや、苦手という言葉でくくるには少し複雑な気持ちを、抱いていた。
自分が彼を騙そうとしているのが、なぜだが後ろめたくなるのだ。
里見実堯という人物は、関わり始めた時から、氏綱からしたらとても甘いように見えた。警戒心や野心の感じられない態度に、不満さえあった。
北条にとっては、里見がうまく二つに割れてくれれば好都合、実堯の力などどうでもいい、そう言い聞かせてやりとりを進めたけれど、違和感はぬぐえない。
北条の思惑はどうあれ、里見としては、今から家督を奪おうという、いわば下剋上を遂げようとしている。それなのに、それだけの警戒と猜疑が微塵も見えない。
その素直さも愚かさも、今まで見てきた人々にはないもので、氏綱を戸惑わせた。
無防備な笑顔や表情を見せられるたび、違和感に心がざわめいた。これを巻き込むべきだったのかという自分らしくない煩悶さえ生まれて、随分苛まれたような気がする。
なぜ疑わないのか、なぜ警戒しないのか、なぜそんなに無防備なのか。このままでは。
(このままでは?)
「もうすぐ、ですね」
まるで他人事のようにいう、実堯の声に、はっとする。相変わらず油断まみれの実堯は、氏綱に背をむけて、縁側にすわり猫を抱いた。
「氏綱君は私の事あまり好きじゃないでしょう」
風がすっと部屋を吹き抜けて、潮と日差しで傷んだ実堯の髪を優しく揺する。
海辺で育ったにしては澄んだ肌が太陽に照らされて、透けて消えるように見えて、暑いはずなのに背筋が冷える様な感覚がした。
「そのようなことは、」
思わずその背中に手を伸ばしかけてはっとする。無意識の自分の動きに気を取られて、反応が遅れた。
最初は好ましくないと、思っていたはずなのに、どうしてか彼の言葉を否定したくなる。どうなってもいい相手のはずが、自分に嫌われていると、そう思わせておくのが酷く、つらい。
「そのようなことは」
なぜ自分はこんなに必死に否定しようとするのか。それでいて、今までしてきたような適当な世辞で片づけることもできずにいるのか。
氏綱の困惑を見透かすように、ふふ、と笑い声だけが聞こえた。顔は、見えない。
「でも私は昔から氏綱君に憧れていたのだよ」
氏綱の話を聞いているのかいないのか、突然の告白を始める。
なんとなく感じてはいたけれど、そんなことを今言われても、困る。氏綱の困惑をよそに、返事はもとより期待していないらしい実堯は一人で続ける。
「ううん、今も、憧れている」
氏綱の代わりに膝の上の猫が鳴く。猫の瞳に映るであろう、彼の表情が気になって仕方がない。
「君は強いから」
猫は鳴かなかった。
生まれた沈黙にまた、優しく潮風が吹き付けて、さわさわと木々の揺れる音がする。それが止む頃に口を開いたのは、また、実堯だった。
「大丈夫、私の役目は理解しているから」
その言葉に目を見開く。役目とは、そんな話をしただろうか。あくまで協力して、義豊を、倒すのではなかったか。
「だけどもう氏綱君とお話しできなくなるのはさみしいな」
にゃぁ、と氏綱の代わりにまた猫が返事をする。一瞬で違和感が解けていくのがわかった。
あぁ、彼は気がついていたのか。氏綱の目論見に。だからあんなに穏やかに笑っていた。利用されていることを、知っていたのだ。
そして氏綱の知らないところで、自分の命を捨てる覚悟を、していたのだ。
「騙されたなんて、思っていないよ」
氏綱の困惑さえ見透かして、実堯がこちらを振り向く。顔半分に夏の日差しを浴びて、その顔には恨みなど微塵もなかった。
それが逆に、つらい。
「息子を、義堯をよろしくお願いしますね」
そう言って、微笑んだ、その表情は、美しかった。
滲んでいた違和感は彼の覚悟だった。疑うはずも、警戒するはずもないのだ。死ぬつもりでいるのだから。いつの間にか惹かれていたことに気がついた時にはもう、遅い。
このままでは、実堯は、命を捨ててしまうだろう。しかし救い出す手差し伸べるには、もうなにもかも遅いのだ。
「もちろんだ」
氏綱は、こらえるように膝においた手を強く握り締め、そう返事をするしかできなかった。
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注 赤ずきんパロ いたしている ギャグ
「気を付けて行ってきてくださいよ」
言いながら小さな頭にやたら丁寧に頭巾をかぶせるのは善助だ。その顔は本当に心配そうで、ちょっとそこまで歩いていくだけなのに何がそんなに心配なのかと長政は首を傾げた。
善助の向こうには、たたき起こされて朝食を食べている太兵衛があくびをしている。
「気を付けるって、父上のところに見舞いに行くだけだろ」
「若は知らないのですか?最近このあたりで狼が出るという噂があるのを」
(狼…)
「もしもであったら食べられてしまいますからね」
十分気を付けてくださいよ、という善助の言葉はしかし長政の耳を素通りして、残ったのは狼、という部分だけだった。
(もしかして…)
「気を付けてくださいね」
しつこく念を押されて、外に出る。綺麗に晴れて、風もやさしい。
(なにもなさそうじゃないか)
木々が影を作る小道を、長政は歩き出す。遠吠えが響いた気がしたけれど、きっと気のせいだと思った。
しばらく歩くと、かわいらしい花の咲く花畑が見えてきた。先日見た時には草ばかりだったのが、美しいじゅうたんを敷いたように色づいている。
しかし、長政の目は花よりもその向こうの木陰に釘づけになった。
木の根元で居眠りをしている灰色の塊が、ひとつ。
(あれは、もしかして)
見たことのある耳と尻尾、その色もまた、記憶通りだ。
「また、べぇ?」
おもわずこぼれた名前はとても小さな声だったのに、その灰色の耳がピクリと動く。そして閉じられていた瞼が、すうっと開いた。
目と目が合う。きっとそうだ、あれは。
「又兵衛っ!」
気が付いたら駆け出していた。駆け寄って、逃げ出さないようにしがみつく。
「…若」
頭の上から降ってくる声は随分変わっていたけれど、自分のことを覚えていたのが嬉しい。顔を上げれば、かつての面影を残しつつも、すっかり成長した顔があった。
それは昔、まだ長政が随分幼いころの話だ。ある日、父の官兵衛が傷ついた子犬を見つけたと連れてきた。しばらく面倒を見るうちにそれが犬ではなく狼だと分かったのだが、随分賢い狼だったので、長政と一緒に黒田家の息子同然に育てられた。
長政は又兵衛が大好きだった。だから、突然その姿を消してしまった時は、わんわん泣いて、森中を探してまわった。
先ほど善助が〝狼〟と言った時、又兵衛ではないかと期待したのだ。素直に言えば、今日森で、狼に遭遇することを。
「お前!俺がどんな気持ちで!」
又兵衛にしがみついたまま、長政が喚く。しかし又兵衛は、感動の再開に不似合いな溜息で応じた。
「若、私は狼ですよ」
「何言ってるんだ!又兵衛は又兵衛だろ…」
ふと顔を合わせると、離れようとしない長政を見る又兵衛の眼差しが冷たい。喜んでいるのは自分だけだと思い知らされたような気がして、でもそう簡単にはあきらめられなくて。
「もう一度、うちで」
「無理です」
考えるまでもないというように長政の言葉を遮る又兵衛の語気は強い。
「若だって噂くらいは聞いているでしょう」
唇の間から覗く牙は、最後に見た時よりずいぶん立派だ。
「この森には狼が出るから、危ないって」
眼差しも、ギラギラと光っていて、思わず身がすくむ。
「俺のことですよ」
でも、ここで逃げたりしたくない。ずっと探していたのだから。
「いいよ」
死にたくはないけれど。
「食べてもいいよ」
ずい、と顔を近づけて、しっかりと目を見て返事をする。もちろんタダで食べられてやるつもりはないが、とりあえず又兵衛の口が開くのを待ってみる。
しかし再びため息が漏れただけで、牙さえ見せずに又兵衛がやれやれという顔をした。
「…バカなこと言ってないで」
言いながら、長政のおでこを指で押して、体を遠ざける。きょとんとした長政をそのままに、すい、と立ち上がると背を向けて歩き出す。
「おいっこらまて!」
「…どうせ殿のところに行くんでしょう」
さっさと行けというように、背中の向こうからこちらをちらりと一瞥する。何とかして引き止めなければ、もう二度と会えないかもしれない。
何かしなければ、と、思わず籠の中のリンゴを、遠くなる頭に思い切り投げつけた。
「ッ!いって」
いきなりの衝撃に思わずしゃがみこむ又兵衛に駆け寄る。思い切り投げつけたせいで草むらに落ちたリンゴは、びが入って駄目になった。
「すまん、手が滑った。こぶができているぞ!手当てしてやる、ついて来い」
分でも無理やりだと思うが、どうしても離したくなくて、無理やり腕を引っ張って歩かせる。又兵衛も観念したのか腕を引かれるままおとなしくついていった。
森のむこうに、官兵衛の家が見えてくる。もう少し、というところで又兵衛の足が止まった。鼻をひくひくさせながら、眉間のしわを深くする。
「何だ、ここまで来たら意地でも連れていくぞ」
「今更逃げねぇよ」
じゃあ何だ、と長政が尋ねるより先に、又兵衛が、ちょっと待ってろ、と家に向かって歩き出した。長政の拘束をするりを抜けて、てくてくと歩いていく。
(逃げては、ないか)
追いかけようかと足を踏み出しかけたその時、又兵衛は窓を覗くと、肩を落として長政のところにちゃんと戻ってくる。
長政の顔を見て、首を横に振った。
「悪いことは言わない、帰りましょう」
「はぁ?」
一体何を見たのかは教えないまま、長政に帰宅を促す。
「なんでだよ。お前の手当てもしなきゃいけないのに」
本来の目的は父の見舞いのはずなのに、もう、長政の頭はどうにか又兵衛を引き留めることでいっぱいだった。
父に合わせてしまえば丸め込めるだろうとせっかくここまで連れてきたのだ。逃げられてはたまらないと、もう一度又兵衛の腕を引いて進んでいく。
「後悔してもしりませんよ」
又兵衛のつぶやきは、長政には届かないようだ。
しかし一応忠告は聞いて、先ほど又兵衛がしたように、窓から部屋を覗くと、自分の父親が誰かに乗っかられて、苦しそうな顔をしている。
「又兵衛!父上を助けなければ!」
何が起きているのかは正直よくわからないが、放っておいて良いとは思えなかった。なぜ又兵衛は帰った方がいいだなんていうのか。
しかしドアに向かおうとする長政の腕をつかみ、又兵衛はまた首を横に振る。
「おい又兵衛父上が苦しそうではないか!?何故邪魔する!?」
「…」
「父上を助けねば!…又兵衛…?何を!」
長政の腕をつかんだまま、又兵衛は家から離れて森の中へ長政を連れていく。自分よりも随分強い力で腕を引かれて、抵抗ができない。
「ここで邪魔するのは野暮ってやつですよ、 若」
そう言いながら、長政を太い木の幹まで追い詰める。その瞳は見たことがないほどに獣のそれだった。
「何を言って!このままでは父上が…!やッ!」
又兵衛の指がするりと服の中に侵入して、何も知らない長政の柔肌に触れた。
「殿は苦しんでいるわけではありません」
「…何をする、またべ」
「今から教えてあげますよ」
視界いっぱいに、又兵衛の顔が迫る。昔とは違う、男の顔に、背筋がゾクゾクと痺れた。
「手取り、足取り、教えてあげます」
そう言って口を開けた又兵衛に、痛みを覚悟した。しかし、予想した痛みは来なくて、暖かく柔らかい又兵衛の唇に、自分の唇が塞がれていると気が付くが遅くなる。
喘ぐように口を開ければ、ぬるりと長い舌が侵入してくる。抵抗の仕方も知らない長政の口内は散々に蹂躙されて、口の端から唾液が流れるのを拭う余裕もない。
体から力が抜けて、思わず木にもたれたまましゃがみこむ。
「ッはぁ、ま、たべ?」
自分が何をされているのか、なんとなくわかり始めたような、分かりたくないような。
又兵衛がしゃがんで長政に視線を合わせる。
「せっかくの我慢が」
言いながら、マントのリボンをそっと引いて解く。喘ぐ長政はされるがまま、又兵衛の指の動きを眺めていた。
「水の泡です」
シャツのボタンが外されていく。外気に触れてすこし冷えた肌に触れる又兵衛の手のひらは、熱い。
又兵衛の両手が脇腹をくすぐるように這うから長政の身体が勝手にビクリと震えた。
また、又兵衛の顔が近づいてくる。今度は何をされるかわかって、口を開けて待つと、クソ、と又兵衛が吐き捨てた後に、先ほどより激しく口付けを交わした。
その間にも又兵衛は長政の身体をまさぐる。左手で背中を支えながらも背骨をなぞり、右手はじらすように不規則な動きをする。
ついにその爪が胸の突起に触れて、長政はひくりと腰をくねらせた。
「ひゃ、またべ」
なんかおかしい、吐息に混ぜてそんな風に囁く長政の無知は、又兵衛にとってはもう興奮材料にしかならない。
「おかしいって、何がですか?」
言いながら、右手は先ほどからずっと赤い突起をいじめている。
「どんな風におかしいのか、教えてください」
つままれたり、押しつぶされたりするうちに、最初は違和感しかなかったはずなのに、長政の腰は甘く痺れはじめる。
「やぁ、わかんな、……ひゃん!」
この感覚を表現する言葉を知らないから、なんといっていいのかわからないのに、懸命に喋っているときに思い切りぎゅむとつままれて、あられもない声が出てしまう。
「じゃぁ、これはどうですか?」
そう言ったかと思うと、また又兵衛が大きく口を開ける。噛みつかれるかとおもってギュッと目をつむれば、またしても予想した衝撃は来ない。その代わりに。
「ッ!?ひゃぁぁぁぁぁんッ」
今まで散々いじめられていた突起が、生暖かく湿ったものに包まれる。舌先で先端をつつかれれば、体中が痺れるような感覚が長政を襲う。
舌で転がしたり、吸い付かれたりしすぎて、ジンジンして感覚がなくなってしまいそうだ。ようやく唇が離れたと思ったら、今度は今までほっておかれた反対側に勢いよく噛みつかれる。湿って敏感になった右側はまた指でいじめられて、ゾクゾクが止まない。
「んん、だめだめ、またべっっ!………やぁん!ッなんかッなんか」
緩急をつけた又兵衛の舌の動きひとつに、全身がもてあそばれている。
「何ですか」
波のように寄せては返す快感が、出口を求めてうごめきはじめる。
「何かきちゃうよぉっ…」
泣き疲れたような声で吐息のように囁く長政の声が又兵衛の耳に溶けるように広がる。おもわず歯を食いしばってしまい、長政の胸に噛みついてしまう。
「ヒッ!!!!!!!!」
一段と強く身体を波打たせて、長政が息を飲むような悲鳴を上げる。ようやく、又兵衛が胸から口を離した。
誰もいない森の影に響く、二人の荒い息遣いは獣の様だった。
又兵衛がもう一度長政の身体に沈み込む。両手で腰をつかんで、長政の着ているものをずるりとおろした。
「やっなに、またべぇ…あっ」
又兵衛の目の前に、すっかり立ち上がったそれが現れる。又兵衛は何のためらいもなくそれを口に含んだ。
「だめぇぇぇ」
か弱い悲鳴など制止になるはずがない。又兵衛はちゅぷちゅぷと音をたてながらしゃぶりついた。
「またべ、だめ、なんかでるっ」
だから離してとその頭をつかむけれど、自分でおしつけるようにしかならないのが恥ずかしくて、目を閉じて首を横に振るしか、できない。
「離しっ…!!??アァァァッ」
びくん、と長政の肢体がふるえる。結局又兵衛は口を離してはくれなかった。
絶頂を迎えた体からは力が抜けきって、はぁはぁと荒く呼吸する以外にできなくて、長政はただ又兵衛の様子をうかがっていた。
「わかりましたか?」
なにが?とおもった。なんでこんなことになったのか、よく思い出せない。
「これに懲りたら、もう俺には近づかないでください」
そう言いながら、脱がせた服を着せようとする。その又兵衛の表情は苦しそうで、指先は何かをこらえるように震えていて、流石の長政も、異変に気が付いた。
「又兵衛…」
服を着せようと動く、自分よりわずかに大きな手にそっと自分の手を添える。きっとこの後、又兵衛はまた長政の元を去るつもりなのだろう。それは嫌だと、思う。
「いやじゃなかったから」
また離れるくらいなら、もっとひどいことをされた方がましだと思った。
「お前のしたいようにしろ」
又兵衛が目を見開く。そのあとぎゅっと目を細めたと思ったら、両腕で思い切り長政を抱きしめた。
「後悔しても、知りませんよ」
絶対にしない、という思いを込めて、その背中に腕を回せば、骨が軋むほど抱きしめられた。裸の胸から伝わる体温が嬉しかった。
「これから自分が何をされるか、わかってますか」
そう言いながら、また又兵衛の頭が長政の奥の方へと沈んでいく。
「なにされても、いい」
「じゃぁ」
長政の足の間から、又兵衛がにやりと笑って見せた。
「だめっていったら、駄目ですよ」
そう言って、その舌を、長政の後ろの穴にねじ込んだ。
「ひゃっ!」
自分の足と足の間で、又兵衛があらぬところを舐めている。先ほど絶頂を迎えたその体に再び快感の火が付くのは、すぐだった。
「どうですか、若」
長政は、先ほど胸を攻められたときと同じように、分からない、分からないと首を振る。ぴちゃぴちゃと湿った音が響いて、見えない舌の動きが耳にも絡みついた。
「こういう時はね、若」
口を離した又兵衛が、中指で入り口をつつきながら長政の耳元に口を寄せた。
「きもちいいって、言うんですよ」
ごつごつとした指が、侵入してくる。圧迫感はひどいのに、又兵衛の唾液のせいか抵抗なくにゅるにゅると入ってくる遺物に、長政は歯を食いしばった。
「今なら、やめられますよ」
長政の肩口に額をうずめながら苦しそうにそんなことをいう、又兵衛に長政は、ばか、と唸る。
「男に二言はっ…ないッ…ん!」
又兵衛の指がぐにぐにと長政のなかをかき回す。次第にある一点に熱が集まるような、じわじわとなにかが上ってくるような感覚が長政を襲う。
「もうやめてあげられませんからね」
覚悟してくださいよ、そう言いながら指を二本に増やし、少し緩んだそこを激しくかき回す。たまに触れる場所から一際強い快感を得るような気がするのに、つかみきれない。
ずるり、と又兵衛の指が抜ける。体を内側から引っ張られるような感覚のあと、不思議な物足りなさが下半身を包んだ。
収縮しようとするそこに、ぴたりと何かが添えられる。流石にそれが何かは、なんとなくわかる。
又兵衛の腰が、長政の中に沈んでいく。先ほどは全くくらべものにならない圧迫感が長政を襲って、息の仕方も忘れてしまう。
「…ッア!!…ふっ…うぅぅ」
体の機能的な限界を感じて、痛みが伴ってくる。なのに嫌だとは思わなかった。
「また、またべぇ」
腕を伸ばせば、抱きしめ返してくれる。重なる胸が汗でじっとりと張り付くのさえ心地よい。
又兵衛のそれが長政の中におさまって、しばらくふたりでじっとしていた。しかし少し又兵衛が腰をゆらしたその瞬間、長政の身体に電流が走る。
「ッくぅ…ンッ!?」
「若?」
「だめ、またべえそこだめぇっ」
先ほど指でほぐされたときに違和感のあった一点をえぐられたのだ。突然湧き上がった快感に、長政は又兵衛の背中に爪を立ててしまう。
「…だめってことは、イイんですよね」
ゆるゆると又兵衛が腰をゆらし始める。その動きは次第に激しくなり、長政の中を容赦なくえぐる。
「あ、あぁ、ア…」
頭の中でぱちぱちと何かが弾ける。快感は行きすぎているのにこのままじゃ終われないことも、理解していた。
「またべ、またべ」
「ッふ、何ですか」
「さわっ…さわってッ」
口に出した瞬間、ただでさえ熱い体にさらに火が付いたような気がした。しかしすぐに自身に又兵衛の手が添えられて、もう何も考えられなくなる。
「あっ!あっ!あ!」
もう終わりはすぐそこまで来ている。又兵衛の息遣いも、腰使いも、目的地をはっきり見つけていた。
「またべえ、またべえ」
強すぎる快感がこわくて名前を呼べば抱きしめてくれる。嬉しくて腕も足も絡みつけて、しがみついた。
「ふっあっ…あ!」
「ッくう」
頭が真っ白になる。一瞬腰に思い切り力が入って、又兵衛の形を思い切り感じながら長政は果てた。
それに続くように又兵衛も吐き出して、日の翳る森に吹く風が、二つの荒い呼吸をどこかへさらっていった。
「せっかく離れたのに」
長政の身体をできるだけ清めて、着衣を整えながら又兵衛が渋い顔でため息をついた。情交が終わってからずっと眉間にしわを寄せている。
「こうならないために家を出たのに」
あなたのせいで俺の苦悩が水の泡です。そう言いながらマントのリボンをきゅきゅと結んで、土を払ってフードを被せた。
「じゃぁ」
腰の痛みで立ち上がれない長政は、又兵衛に背負われながら言う。
「またうちにかえってくるんだろ」
その声は楽しげで、勢いよくその腕を又兵衛の首に巻き付けた。
「もうどこも行くなよ」
肩に顎を乗せながら笑う長政に、又兵衛は心の中でそっと返事をした。
(もう、逃がしてあげられませんよ)
二人の背中を押すように、森の中を風がざわりと吹き抜けた。
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「兄貴、結婚するって、本当か」
机にむかったままの背中にぶつけた声は、震えていた。
二人で
長政が又兵衛に結婚の予定があることを知ったのは、つい最近だ。きっかけは、又兵衛の部屋で見つけた見合い写真。
隠すようにしまわれたそれをなぜ見つけてしまったのかはもう覚えていないが、見つけてしまった瞬間、内臓がスッと冷えていくのを感じた
(なに、これ)
着物姿の美しい女性の微笑に背筋が冷えて、乱暴に元の位置に戻した。真っ白になりそうな頭の中で、まだ期待する自分が、ただもらってきただけかもしれない、そもそもそんなんじゃないかもしれない、と動揺をなだめようとするけれど、条件はそろいすぎていた。
又兵衛ももう26になる。結婚するには早いかもしれないが、恋人がいてもおかしくない。それに、もうすぐ長政も高校を卒業する。又兵衛が離れていくのを、引き止めるものなんて何もなかった。
思えば、その日が境だったかもしれない。顔を合わせる機会が減って、一緒に出掛けるのも少なくなって、少しずつ又兵衛が自分から離れていくのを感じていた。髪に触れてくれない。頭を撫でてくれない。たまに一緒に眠るときに抱きしめてくれない。
また、自分は間違えたのだろうか。行き過ぎたスキンシップに甘えてはいけなかったのだろうか。
(もう少し距離を置いていれば、又兵衛はそばにいてくれた?)
そこまで考えてはっとした。現代で、同性愛者でもないのにずっと自分の隣にいてくれることなんてありえないのだ。一人の女性と家庭を築いて夫になり父になる。そんな将来を長政が奪うことなんて最初からできるはずがなかったのに。
今度こそずっと一緒にいたいと思って、難なく今までそれが叶っていたから、目をそらしていたのだ。いつか居心地のよい場所が、奪われる日が来ることから。
ある日又兵衛のシャツから、知らない柔軟剤の匂いがした。それからしばらくして、父から又兵衛がこの家を出ていくという話を聞いた。
(また、だ)
また又兵衛は自分を置いてどこかに行ってしまうのだと、三度目の別れに長政はおもわず泣いた。
(生まれ変わっても傍にいられないなんて)
今度こそ間違えないと、誓ったのに。
まだ覚えている。幼い日に、自分の人生が〝二度目〟だと気が付いたときに、そばにまた又兵衛がいた時の喜びも。遠い昔と同じように大切にされた幸せも。ずっと昔に間違って離してしまった手を、もう失わないと誓った日を。
(何か悪いことしたのかな)
何もしないのが、良くなかったのだろうか。前世の記憶を知らないふりをして甘えることはいけないことだったのだろうか。最初からやり直そうという願いは、儚かったのだろうか。
考えても仕方がないのは分かっていた。昔なかった血縁だけが永遠にここに残って、もう傍にはいられないことだけしか、長政にはわからなかった。
(もう傍に、いられないなら)
考えすぎてぼんやりとした頭は、時に無謀な名案を思いつかせるのかもしれない。
(最後に思い切りすがってしまえ)
それは、昔できなかったこと。何度も後悔したこと。どうせ離れるのなら、自分の思いすべてぶつけて、最後の一振りで傷をつけてやろうと思った。
////////////////////
「兄貴、結婚するって、本当か」
ノックもせずにドアを開けて、突然背中に振ってきた弟の声に、又兵衛は思わず振り向いた。
「…どうした、突然」
「質問に答えてよ」
ドアを閉めもせず、部屋に入らずにこちらを睨み付ける弟に、ついにこの時が来たかと又兵衛はごくりと唾を飲む。
「とりあえず、ドア閉めてこっちに来い」
長政はおとなしく言うことを聞いて、いつものようにベッドに腰掛けた。又兵衛はその隣に腰掛ける。
「…まだ、正式に決まったことじゃないけど」
長政はうつむいている。さっき見た時目が泣き腫らしているように見えたけれど、都合のいい見間違いだと又兵衛はそのつむじを見つめながら続ける。
「家を出る話は父さんから聞いただろう」
何でもないように伝えられているだろうか。ごく普通の、兄のように。
「同棲して、結婚するつもりだよ。まぁ、しばらく後になるだろうけど」
だから報告は急いでいなかったんだがと続けてもまるで言い訳のように沈黙に消えた。普通の弟なら、なんというのだろうか。祝うのだろうか、拗ねるのだろうか。しかし、ずっとつむじを見つめていた又兵衛の目前に現れたのは、泣き腫らした目にまた新しく涙を浮かべた瞳だった。
「なんで、」
静かな部屋には弱弱しい声も良く響く。口を動かしたせいか涙が頬を伝うのを拭いたくなる欲求を封じ込める。
「なんでいなくなるんだよ」
胸元に体温がもぐりこんでくる。シャツの胸元に涙がしみ込んでくるのがわかる。
「なんで傍にいてくれないんだ」
本当はおもいきり抱きしめたい。細い体の骨が軋むほど抱きしめて、頭を撫でてやりたい。でも自分にはそんな資格は、ないのだ。
「なんでって、26になって実家にいる方が珍しいんだぞ」
本当は背中に回したい手のひらで自分のものより随分細い肩を包むと、そっと体から引き離す。
こちらを向く長政の顔は涙でびしょびしょで、自分が随分ひどいことをしているような気分になる。
(ひどくしないように、我慢しているのに)
「そろそろ、長政も兄離れしろよ」
これが正解なのだと、自分に言い聞かせながら。
「ずっと傍には、いられないんだから」
うまく言えただろうか。普通の兄のように。
本当は言いたくない言葉を吐き出した時、しかし体はベッドに倒されていて、泣き顔の長政が自分を見下ろしていた。
////////////////////
「ずっと傍にはいられないんだから」
その言葉が耳に入ってきたとき、長政は、自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた。
気がついたら又兵衛に馬乗りになっていて、流れる涙が目の前の顔にぽたぽた落ちているのを見ていた。
「なんでだよ」
「ながまさ、」
「なんで!」
生まれ変わったのは、こんどはずっと一緒にいるためだと思ったのに。何より強いきずなを手に入れて、離れることなんてないと思っていたのに。
「なんで、俺の傍を離れるんだ」
「…なが、まさ」
また辛い別れをするために与えられた今生なら、
「もう、離さないって決めたのに!」
今ここで失っても構わないとさえ、思うのに。
「どうしてお前は、また」
そんなに簡単に別れを告げられて。
「俺の傍からいなくなるんだよ!!!」
どうして傍にいることすら、許してもらえないのだろうか。
涙で視界がぐちゃぐちゃで、又兵衛の顔が見えなくてよかったと、冷えはじめた頭のどこかで思う。
もし彼が冷たい顔をしていたら、きっともう、立ち上がることもできないだろうから。
/////////////////////
雨のようにふってくる涙と叫びを浴びながら、又兵衛は体中の血液がじわじわ沸いていくのを感じていた。
(覚えて、いるのか)
そう思った瞬間、様々な記憶が頭の中をかけめぐる。それはあの日、今世で長政が生まれたあの時に前世の縁が脳裏に廻ったのに似て、それよりも幸せで濃密な思い出。
「もう離さないってきめたのに」
自分もそうだった。生まれたての柔らかで小さな指が自分の人差し指を握りしめたあの日から。
「どうしてお前は、また」
ずっと守ろうと決めていたのに、なんでこんなに泣かせてしまって。
「俺の傍からいなくなるんだよ!!!」
欲しいのは今も昔も、たった一つだったはずなのに。行き場を求め続けた欲求が体中をめぐる。
自然に右手が長政の頬にむかう。小さく丸い頬をとらえれば、長政がびくりと体を震わせるのがわかった。
親指で涙を拭えば、うるんだ瞳と目があった。
「泣かないでください」
そういえばまた涙がぽたぽたと落ちてくるから、そうじゃないという代わりに、今度は背中に手を回す。
ずっと抱きしめたいと思っていた背中に手のひらが触れれば、もう我慢などできなかった。
「ッうわ」
おもいきり引き寄せられて、長政の身体が又兵衛の胸に沈む。降りてきた体を胸に閉じ込めれば、いつぶりかの幸福感が又兵衛をとりまく。
「泣き止みましたか」
「ッ、あに、き?」
又兵衛の言葉遣いの変化に何かをとらえる長政の耳に、又兵衛は優しく囁く。
「寂しい思いをさせて、すみませんね」
「あ、あに」
自分から飛び込んできたのだから。
「もう離して、あげられませんよ、若」
一際つよくその体を抱きしめれば、返事の代わりに嗚咽が響く。骨が軋むほど抱きしめても足りなくて、長政の首すじにかおをうずめて深呼吸する。
このまま一つになれるなら、露と消えても構わないとさえ、思った。
//////////////////
「けっこん、は」
ようやく落ち着いてきた長政は、やはりまだそこが気になるらしい。
「若は、私が結婚してもいいんです「よくない!」
意地悪に即答するのも愛おしくて、頭を撫でれば、もっと撫でろとでもいうように額を鎖骨のあたりにこすりつけてくる。
「なんとかしますよ」
「・・・でも、相手の女の人とか」
あんな大胆に仕掛けておいて、相変わらずだなと又兵衛はため息をつく。
「相変わらず、若は甘い」
「ッな!大事なことじゃないか」
言い募る長政の頬を両手で挟んでこちらに向かせる。自分の欲望が誰かを傷つけることを恐れる瞳をが揺れている。
「いいですか」
しかし、ここで揺れていたら、ずっと傍には、いられない。
「俺と、若が、ずっと傍にいるということは」
長政の瞳は相変わらず揺れている。しかし目をそらすことはない。
「そういうことなんです」
一瞬、顔をゆがめて、長政が目を閉じる。何かを振り払うような表情をした後、もう一度開いた瞳に、もう迷いはなかった。
これから訪れる波乱と幸福の前に、ただ、今だけはお互いの温もりを自分のものにするために、そっと寄り添って、眠った。
誰を傷つけても、何を失っても、今、二人で生きていくことを、決めた。 -
「本当に若は考えが甘い」
はじまりはいつもと同じだった。長政のやり方を又兵衛がバカにして、ちょっとした小競り合いになった。
若もそろそろ学習して必要以上にかみつくなと皆が言うのだが、どうにもわざと自分を怒らせるような言葉を選んでいるように思えてならない。
しかし、それを他の家臣に話したところで、それは若が短気なだけでしょうと宥められておしまいだ。
毎度毎度行われる同じようなやり取りを、そろそろどうにかしたいと、思っていたのだ。跡継ぎとして、家臣に舐められていては駄目だという焦りがあった。
(父上のように)
あの、皆から慕われて誰からも侮られぬ父のようにならねばと思う。しかしその思いが強くなればなるほど、自分と父の間にある差は、はっきりしてくるのだ。
頭を使ってしゃべることはなかなか難しいから、つい口の動くのにまかせてしまう。又兵衛は上手に上げ足をとって、結局最後には何も言えなくなる。
(くそッ)
又兵衛がいつものように追い打ちをかけた。ただ、その言葉が的確すぎた。
「殿とは大違いだ」
その言葉を聞いた瞬間、それまで頭に上りきっていた血がサッと引いていく。何も言い返す気分にならなくて無言でその場に背を向ければ、僅かに若、と呼ぶ声が聞こえたが、だれも追いすがりはしなかった。
(くそ)
あの場は又兵衛がうまくまとめるだろう。自分よりもうまく。
(なんだこれ)
気持ちの悪い感覚が腹に渦巻いて、強かった歩調が弱くなる。こんなことでへこたれていてはいけないのに。
(又兵衛のばか)
背中で、ざわざわと騒ぐ声を聞きながら、いつの間にか止まっていた足を思い切り踏み出した。
「ごちそうさまでした」
そう言って箸を置く息子を見つめる父の目が、少し心配そうなのにすぐには気が付かない。
いつもは振り切れるもやもやが、今日はなんだかずっと胸のなかにとどまっている。殿とは大違いだ、という先刻の言葉が頭に張り付いて、離れない。
「長政」
声をかけられて父の方を見れば、少し眉尻を下げてこちらを見つめているから、またしょうもないことで父に心配をかけるのかと自分のふがいなさにまたため息が出そうだ。
「又兵衛と何かあったか」
父には隠し事ができないとは思うものの、特に変わったことがあるわけではない。いつもの喧嘩ですよ、と笑って見せたが、苦笑いになってしまったのは自分でもわかった。
甘えたくなる心を隠して、席を立つ。
昼間の日差しはもう強いが、夜になればなかなか涼しい。どこかで蛙の泣く声がする。夜風に肌をさらせば心も少し落ち着くような気がしたのだけれど。
「若」
ふいに呼ばれて振り返れば、そこにいたのは。
「…又兵衛」
今は素直に話せる自信がなくて、すぐに踵を返そうとしたとき、手首をつかまれる。
「何だ」
返事をしないで、手首を握りしめたまま長政の部屋へと引っ張られる。離せと喚く空気でもなくて、されるがままついていくしかなかった。
////////////////////
「若」
仮にも家臣だというのに何のためらいもなく長政の部屋に入って定位置で胡坐をかくから、仕方なくその向かいに腰を下ろした。
「…」
「今日はまた、なぜ途中でいなくなるんですか」
忌々しげに眉間にしわを寄せて、やれやれといった風にため息をつく彼は、きっと、ずっと気にしているあの時の話をしているのだろう。
変なことを口走るのが怖いから、黙ってしまう。
「おかげさまで、俺の仕事が増えました」
「…」
「若?」
聞いてます?と又兵衛がこちらの顔色をうかがおうとするから、顔をそむける。やっぱりこいつの方が優秀で、俺なんか、という嫌な気持ちがむくむくと顔を出す。
「・・・お前の方がうまくやれるなら俺がいなくてもいいじゃないか」
思わず口に出してすぐに後悔した。こんなの自分でも僻みにしか聞こえない。
「…何ですか、若、拗ねてるんですか」
絶対にニヤニヤと笑っているだろう声色で、こちらににじり寄ってくる。もうこいつとは口をききたくない、と口を、きゅ、を結ぶ。
「…自分の仕事をほおって、勝手に拗ねて」
予想以上に近いところで声が聞こえたから、その方を向こうとしたらいきなり視界が闇に包まれた。
「ッ、またべ」
「そんな若には」
声の向こう、頭の後ろでしゅるしゅると布を結ぶ音が聞こえる。
「お仕置きが必要ですね」
目隠しをされたと気が付いたときには、もう体は仰向けに寝かされていた。
「おい!何をする!」
前が見えない状態では抵抗もろくにできず、思わず振り上げた右手は待っていましたとばかりにパシリとつかまれる。いつの間にか左手と一緒に、何かで縛られたのがわかった。
「あまり暴れないで下さいよ」
でないと若の肌に傷がつきますからね、とそんなことを言いながら、手首に巻きつく紐のうえから口づけされたのがわかった。
「ふざけるな!解け!」
「解いたら、お仕置きにならないでしょうが」
言いながら、又兵衛は長政の体に触れていく。衣服の上から撫でるように這う手の感触は蛇のようで、見えない分体が敏感にそれを感じ取っていく。
「お、い!またべ、や、むぅ…ふ、」
噛みつくほどの勢いで口を吸われる。歯列をなぞられれば口が勝手に受け入れて、喉奥にたまる唾液で息も苦しい。
「お静かに、それとも口枷もご所望ですか」
ようやく胸に酸素を吸い込むと、耳元でそんなことを言われて、顔が熱くなる。
口づけに気を取られて油断している間に、帯は解かれて、熱い手のひらが直接脇腹を撫でるから、あられもない声が出てしまう。
「……ア…ああっ」
予測できない快感が怖い。
「目隠しはお仕置きのはずなんですがね」
いつもより気持ちいいんですか?そんなことを言いながら、又兵衛の右手が胸に触れる。一際びくりと震える長政の体には、もうかろうじて腕と足に着物が引っかかるくらいで、そのほとんどがさらされていた。
「若、もうこんなに固くして」
そういって、胸の突起をピン!とはじかれる。その一瞬で息が詰まってしまうのに、すぐに両手でそれぞれをくりくりと捏ねられるからたまらない。
「ッ、くぅ……ハァっ……ンん!」
堪えようにも体は素直に快感をとらえる。少し前まではこんなことで快感を得たりしなかったのに。
「もッ…も、やめ…っ…」
逃げるように体をくねらせる姿が相手を刺激しているのには気が付かない。なんとか快感に抗おうとする態度が目の前の男を喜ばせることを長政は知らない。
「やめろッ」
無駄だとわかっているけれど抵抗しなければ大切なものをなくしてしまいそうだ。だから又兵衛の右手が一時離されたのが予想外で、長政は油断した。
「…もう、気が済んだか、解けよまたべッッ!ひゃああッ…!?」
ようやく刺激の止んだ、敏感になった左側の突起が、突如又兵衛の舌に絡めとられたのだ。
「はぁん…ッ!やぁぁ、またべ、やっ」
右側には相変わらず又兵衛の左手が這い回っている。
「はぁ…ん、やぁッ…ふっ…んうぅ」
他に音がないから、ぬるぬると又兵衛の舌の動く生々しい音が耳に響く。
「背中まで逸らして、欲しがりだなぁ、若」
知らないうちに背中が浮いていたらしい。恥ずかしくて戻そうとしてももう遅くて、胸への刺激はそのまま、空いた又兵衛の右手がつつつと背骨をなぞる。
「ひゃ、やめッ…」
次にどこに触られるのかがさっぱりわからないから、自分の身体をどう動かせばいいかもわからない。
長政の混乱をあざ笑うかのように、又兵衛の指は太ももをするりと撫でながら、膝の裏に手を入れてぐい、と持ち上げた。
「あれ、若、胸だけでこんなにしちゃって」
ようやく絶え間ない刺激が終わったと思ったら、褌の上から緩くたちあがった自身をペロリと舐められる。見えないせいで予想できない刺激に、次は腰が浮いた。
「でも、今日はお仕置きですからね」
しかし又兵衛はそれ以上そこに刺激を与えることなく、太ももの内側に吸い付いた。ギリギリまで中心に近づいたり離れたりするから、どうしても触ってほしい場所がはっきりしてしまう。
「ッ、ン…ふァ…」
緩いけれど絶え間ない快感は絶頂には程遠く、熱ばかりが体中にたまって出口を探す。長政に絡む指はその身体を知り尽くしているみたいに弱いところに触れるから、体に力が入らない。
(又兵衛…)
今どんな顔で身体に触れるのだろうか。本当に目の前にいるのは又兵衛なのか。下半身に絡みつく体温は熱いのに、ぬくもりが見えない、怖い。
「若」
でも、自分を呼ぶ声は紛れもなく又兵衛で、それだけで安心してしまう自分が嫌だ。
「どうしてほしいか、そろそろ言ってみてくださいよ」
また、いつの間にか長政の頭に顔を寄せて耳元でささやく。
「へ?」
又兵衛が何を言っているのか、意図が読み取れず間抜けな声が出た。
「どうしてほしいか、ほら」
そう言いながら、その手が長政の一物をするりと撫でる。
「ッ!!」
「言わないと、このままですよ」
目隠ししていてもわかる。きっと意地悪な顔で笑っている。
「ほら」
いつだってその余裕のある態度に焦っていた。言うことを聞かせるどころか、手のひらで転がされて。
「若?」
自分ばかりが必要としているような、この関係に焦れていた。
「…触るなッ」
身体はだらしなく快感の名残に震えたままで、でも、このまま言いなりになることなんてできなかった。
「又兵衛の、ばか!!」
「…若?」
「どうしてほしいかって?」
布で隠された瞳の奥から、又兵衛を睨み付ける。
「さっさとこの目隠しと腕を解け!」
沈黙のあと、長政の耳に届いたのはため息、解いてくれるのか、と期待した直後、又兵衛の指が長政の双丘を割って秘孔に触れる。
「…なにッ…アッ…んんぅ…!」
どうやら指に何か油のようなものを塗ってあるらしい。ぬるぬると滑って割れ目を責める。
「自分の置かれている状況ぐらい察してくださいよ」
じらすように滑っていた指が、入り口を見つけたかのよう一点に食い込む。
「ッあああ……やああ、アッ……やめぇ…」
そんな長政の静止など聞くわけもなく、ズプリと又兵衛の指が長政の中に侵入する。痛みはないが、圧迫感に息が詰まる。
「まだ、先しか入っていません、よッ」
そう言いながら、ぐいぐいと指を押し込んだかと思うと、何かを探すようにうごめく。自分の体内で暴れる他人の指に、違和感以外の何かをとらえ始めるのが怖くて、長政は歯を食いしばるのだが。
「無駄なことはしない方がいいですよ、アレがどこかは分かってますから」
そういうと又兵衛は、ぐ、とある一か所を押す。その瞬間頭が真っ白になるような快感が長政の背筋を走る。
「っやぁぁぁぁん!!……っは!…アッ」
今までとは段違いな刺激。しかし、後ろの刺激で達せるほど、都合のいい身体ではなくて、すぎる快感はもはや苦しみでしかない。
それなのに又兵衛は、指を増やしながら何度もそこをつついてくる。
「慣れたものですね、もうこんなに飲みこんでいるのに、まだ足りないですか」
ぐちぐち、と又兵衛の指にかき交ぜられる。火花が散るような快感なのに、絶頂には決して届かない。
「またべッ…アッア、やっ…またべ、も、だめ」
「何が駄目なんですか」
「……ッ」
分かっているくせに、やっぱり意地悪だ。本当はこんなの嫌なのに、どうせするなら顔が見たいのに。しがみつきたいのに。
何も許してもらえなくて、おもちゃのように扱われて、それでも自分から強請らないことで、なんとか心を保っていたのに。
ここで強請ったら相手の思うままだ。それだけは嫌だと意地を張って歯を食いしばれば、かき回す手の動きが激しくなった。かと思ったら、急にずちゅ、と勢いよく抜かれる。
「…ふぁ!?」
「わかりますか、自分のここがどうなっているか」
またつつくように長政の秘孔につぷつぷと触れる。違うのは、そこが先ほどまでとは違ってひくひくと蠢いていることだ。
「指じゃ、物足りないんでしょ」
何を言わせたいのかくらいは流石にわかる。でも、それを言うわけにはいかない。
「何が欲しいか教えてください」
言えますよね、若。
耳に唇をくっつけてしゃべるからくすぐったい。快感が増えてまた顔に血が集まってくる。
「…ほら、」
指で一点をねちねちとつつきながら、おねだりの言葉を促す。ギリギリまで昂ぶった体にはもう熱が充満している。それでも自分から求めるわけにはいかない。
「…う」
こんな、相手の顔も見れずに、腕をからめることもできずに、最後まで抱かれるわけにはいかないのだ。
「う、るさ、い!こ、の」
又兵衛の余裕を崩すのが何かを探しても、そんなものは見つからない。頭を使うのは苦手だと、思いつくままに長政は叫んだ
「この!短小!!そんなお粗末なものいらねぇよッ!」
思い切り叫んでしまうと、もう後は口が勝手に動いた。
「なんでこんな、こと、すんだよ、なんでこんな、意地悪、して」
欲しいのは快感じゃないのに。
「なんでお前は、俺の言うこと聞いてくんないの」
言いながら少し涙がにじむけれど、目隠しが吸い取ってくれる。自分の言葉は又兵衛を怒らせただろうか。いっそ怒ってどこかに行ってほしいと、そんなことを考えている長政に、また、ため息がふうっと降ってきた。
「まったく、若には敵いませんね」
予想とは違う又兵衛の反応に内心キョトンとしていると、するすると音がして、手首の拘束がなくなる。
「そんなに言うなら仕方ない」
次いで、目隠しも解かれる。急に自分の希望が通って、あっけにとられる。声色は少し不服そうだけど、怒っていないのだろうか。
「どうしてほしいか命令してくださいよ」
言うこと聞いてあげますよ。その言葉が少し嬉しくて、警戒心が綻ぶ。ようやく長政の瞳に収まった又兵衛は、長政が思っていたよりも髪を乱して、少し辛そうな顔をしていた。服も乱れている。
「ほら、若、早く」
せがむような声、又兵衛も我慢していたのだろうか。その眼はギラギラしていて獲物を目の前に手が出せない獣の様にも見えた。長政は、ようやく自由になった両腕を伸ばすと、首に絡ませてぎゅ、と抱き付いた。
「意地悪するな」
精いっぱいの長政の命令に吐息で答えて、わずかに浮いた長政の背中に片手を添えた又兵衛は、そのまま体を起こして長政を膝に乗せる。
「意地悪はしませんけど、若」
いきなり抱き起されてぎゅうと目の前の身体にしがみついた長政は間抜けな声で返事をする。
「ん?」
「人を短小呼ばわりしたことは、後悔させてあげますから」
やっぱり怒っていた、と思う前に、思考は他に奪われてしまった。
「へ、っひッ……やぁぁ!」
又兵衛は両手で長政の尻たぶをぐい、と広げると、その奥の秘孔に自身をあてがう。
「や、…まて、……ん、またべ、や、ぁ!むりっ…」
「大丈夫ですよ、俺のは短小なんでしょう」
そ言うか言わないか、腰を又兵衛の大きな手に掴まれて、体がぐぷぐぷと膝の中に沈んでいく。
「ッ…んやぁぁぁ!……だめッ、またべぇぇ……ひゃん!」
又兵衛自身も腰をつかって下から突き上げるから、急に埋め込まれて悲鳴を上げる。先ほどまでの熱は体の中でくすぶったままで、火が付くのは一瞬だった。
「やぁッ…、ふかいッ……だめ、だめ、あぁ……」
胡坐の上に座っているから重力もその結合を深くする。又兵衛が腰をゆらすたび、快感の種が擦られて辛い。
「俺の短小でも随分満足してくれているみたいですね」
そう言いながら、目の前にある長政の胸に唇でじゃれる。
「やぁッ…ふ、アぁ…ッンッ」
「若のケツの穴が小さいってことですか」
聞き捨てならないことを言われているのは分かるのだが、言い返す余裕は長政にはない。後ろと胸だけではなくて、前も又兵衛の腹筋に擦られているのだ。次第に又兵衛の腰使いが荒くなるのに合わせて、さっきまで遠かった絶頂はもう目前に迫っていた。
「ん、いじわる、言わないっていった、ぁ!」
ただ、自分を馬鹿にする言葉が悔しくて必死にそういえば、うるさいとでも言うように唇を奪われる。深い口づけのせいで又兵衛の動きがとまるからもどかしくて、無意識に自分から腰を揺らしてしまう。
「若、知らないんですか」
言いながらまた、又兵衛がぐいぐいと責める。長政の限界を感じてその左手は長政の前を包んで、律動に合わせて擦る。
「あっ!…っア!またべ、もう、もうッ…」
待ちわびた直接の刺激に脳裏で火花が散る。思わず又兵衛の頭を抱き込んでしがみつくその耳元を、ささやきがくすぐる。
「男っていうのはね」
「…ひゃ、ん、ん?」
「好きな子ほど、いじめたくなるんですよ」
「ッ、へ…?ッア、ン、あぁ、あ、」
快感が占領する頭の中で、懸命に考える。
「ま、又兵衛は、俺のこと、好き、なの?」
冷静な自分で絶対に言わないセリフがするりと口から出て恥ずかしくなる。皮膚の一枚下で鳥肌が立つような感覚がある。
「そうでなかったら、く、こんなことしませんよ」
左手の動きを早め、律動を激しくして、長政を追い詰めながらするその返事は肯定、でも遠回しな言葉じゃまだ足りない。
「んッ、…ちゃんと、言っ…てぇッ」
言葉が欲しくて、絶頂をこらえる。爆発しそうな快感を、歯を食いしばって押しとどめる。ちゃんとした言葉が欲しい。長政は又兵衛の言葉を待つ。
「…好きですよ」
二人にしか聞こえないくらいの小さな声でも、その言葉は長政の頭にじんじんと響く。
「好きだ、長政」
まるで息を吐くようなささやきが長政の耳に流れ込むその瞬間、頭が真っ白になる。熱のすべてが一部にあつまって、又兵衛の手の中ではじけた。
「っは、あぁっ……俺も」
達したばかりの敏感な体の中に又兵衛の熱を感じながら、荒い息の中に言葉を乗せる。この気持ちを伝えたくてたまらない。普段の自分ならなかなか言えない言葉なのに、今は我慢もできない。
「すき、またべえ」
又兵衛は返事の代わりに、両腕で思い切り長政を抱きしめる。内側に熱の爆ぜるのを感じながら、もういちど、すき、とつぶやいた。
////////////////////
「悪かったな、今日は」
情事の後始末をようやく終わらせて、整えた寝床にもぐりこみながら長政がぼそりとつぶやいた。
「…何が?」
「…わからないなら、いい」
自分でお仕置きとか言っておいて、どうやら忘れているらしい。自分ばかり気にしていたのかと恥ずかしくなって、ごそごそと寝返りして又兵衛に背を向ける。
「珍しいですね、若が謝るなんて」
腕が後ろから伸びてきて、先ほどとは違う種類のぬくもりが長政を包み込む。この腕の中では安心してしまって、すぐに眠たくなりそうだ。
「でも、又兵衛が意地悪なのがいけない」
これからは俺の言うことも聞けよ、と言えば、どうでしょうね、という返事が返ってくるので、むっとして、また寝返りして向かい合えば、思いのほか顔が近い。恥ずかしくなってそのまま鎖骨のあたりに頭をもぐりこませれば、さっきまでもっと恥ずかしいことしてたでしょうがと呆れた声がきこえてくるから、うるさいと胸を叩いた。
「若、俺の言ったこと覚えてます?」
「俺が謝るのが珍しいって?」
ちがうちがう、と又兵衛が笑う。頭を撫でてくれる手が気持ちいい。
「男は、好きな子ほど意地悪したくなるんです」
そう言いながら顔を覗き込んで、額に口づけした。思わず赤面した長政は照れ隠しに必死だ。
「じゃぁ!俺もお前に意地悪するからな!」
自分の言葉が遠回しな告白になっているのに気が付いているのかいないのか、下から睨み付けながらそんなことを言う若い主がたまらなくて、又兵衛はその体を胸の中にぽすりと抱き込む。
「いいですよ」
「いいのかよ」
「えぇ」
髪をすくように頭を撫でればへんなまたべぇ、という声はもうむにゃむにゃと眠たげだ。先ほど随分無理をさせたしすぐに無防備な寝息が聞こえてくるだろう。
予想通り、すうすう、というささやかな呼吸が聞こえてくるころ、又兵衛はつむじに口づけしてやさしくささやいた。
「沢山意地悪してくださいよ」
好きと言う、代わりに。
-
冬を迎えるのはもう18回目だ。11月末の風はもうずいぶん冷たくなって裸の木々に吹き付けている。放課後の教室は、SHRが終わったばかりなのにもう人はまばらで、長政はため息一つついて立ち上がる。
出かけ際に忘れるなよと又兵衛が首に巻いてくれたマフラーから又兵衛の匂いがするのは、自分がこっそり吹き付けた彼愛用の香水のせいなのに、まだ慣れなくてつけるたびにドキドキしてしまう。
思いが通じ合ってもう3年になる、それでも彼の香り一つで自分ばかり胸が高鳴るのが悔しい。いつだって又兵衛は余裕のある顔をして、長政を子供扱いする。
指先が触れることはあっても手はつながない。見つめ合うことはあっても口付けはしない。抱きしめられることはあっても、恋人同士のように抱き合うこともない。
(俺も、もうすぐ18なんだけど)
あとひと月もすれば、誕生日が来る。父の官兵衛だって、もうすぐ18歳だから長政ももう大人だなと笑っていた。お祝いは弾んでくれると言っていたので、それは楽しみだけど。
今の世での成人は20歳、とはいえ、18歳もなんとなく特別な意味を持っている。
(もう、免許だってとれるし、結婚だってできる)
18歳になったら、何かが変わるのだろうか。
ずっと一緒にいるという、口約束しかない、未だに兄弟のような関係が。
昇降口を出るとき、そんな長政の不安をかき混ぜるように、冷たい風がひときわ強く吹いた。
(さむ)
「長政さま」
寒い帰り道は嫌だな、と足早に校門を抜けようとしたその時、後ろから鈴を鳴らすような声が長政を呼び止めた。
「明智、」
「もしよろしかったら、ご一緒させていただいても?」
長政は少し戸惑った。美しい彼女の恋人である細川は独占欲が強く、彼女が自分と二人でいるところなど見られたら親の仇のような目で睨まれたうえに微妙な嫌がらせをされることは分かっている。ただでさえ仲が悪いのに。
「え、忠興は」
「忠興さまなら大丈夫ですわ」
委員会がありますから、と、長政の不安などにはまったく気が付かない彼女は、あろうことか長政の手を引いて歩いていく。
「ちょっと、明智」
「それに、今日は忠興さまには秘密のお買い物がしたいのです」
だから長政さま、お知恵をお貸しくださいな。
そうにっこりとほほ笑まれてしまっては、長政には断るすべはなかった。
「何を買いに行くんだ」
平日の夕方でもそれなりに人のいる繁華街を歩く。学校帰りに連れ立って遊びに来ている学生も多くいて、同じ年の男女二人はその人並みによく馴染んだ。
「もうすぐ、忠興さまのお誕生日なのです」
そういえばそうだ、自分のひと月先に年を取るたびに、見下すような態度をとる忠興を思い出す。
「プレゼントでも買うのか」
「そうですわ」
「でも、なんで俺なの」
もう付き合っている二人の誕生日プレゼントなら、一緒に選んだって問題はないだろうし、彼女は父親と仲が良いから、別に自分でなくても、と思うのだが。
「わたくしのお誕生日に、忠興さま、とても素敵なものをくださったの」
すると、たまは頬をそっと桜色に染めて、鞄の中から、小銭が入るかどうか、というくらいの大きさの、上品な巾着を出した。
たまの白い指が、その中から取り出したのは。
「ゆ、びわ?」
桜貝のようなかわいらしい爪と爪の間、いかにも高そうな指輪が銀色に輝いている。控えめな真珠のはまる、上品で、たまによく似合いそうな指輪だ。
「ただの指輪ではありませんわ」
たまは、その指輪をそっと巾着にしまって、鞄の中に戻しながら、自慢げに話す。
「婚約指輪ですの」
そういう彼女の笑顔は本当に幸せそうだった。名前の見えない感情が、長政の脳裏を一瞬過ぎ去る。
「だから、私からお返しに、腕時計を差し上げたいのです」
でも、同じ年頃の殿方の好みがわからないから、お付き合いをお願いしたのですわとたまはやさしく長政を見つめた。
「あいつは、明智からもらえるものなら何でも喜ぶだろ」
「そうじゃなくて、わたくしが、忠興さまのために忠興さまに似合うものを悩んで選びたいのです」
たまはいつになく強い口調で言った。
「忠興さまもきっと、この指輪を一生懸命選んでくださったのだから」
だからどうかお付き合いくださいませね、そう言ってたまはまた微笑む。心から愛されているのがわかるその表情が、長政には眩しくて仕方なかった。
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連れていかれたのは高級な宝飾店で、長政は縁のないその店で一人居心地悪くたまについて歩いた。
どうやらたまの父親が懇意にしているようで、店員とも気さくに話をしている。俺来なくてもよかったんじゃないの、とため息をついたとき、たまが自分を呼んだ。
「長政さまが使いやすいのは革のベルトかしら、金属の方がいいのかしら」
「学校に着けてくならゴツいのはちょっと嫌だけど、目立つし」
しかし、高校はもうすぐ卒業する。冷たい印象のある忠興には、金属の方が似合うような気がしたが、自分から意見はするまいと、言いかけてやめた。
「明智が似合うと思ったやつが一番いいと思うよ」
長政がそれだけ言うと、たまは嬉しそうな顔をして、また真剣な顔でガラスケースをにらみ始めるから、もう自分の出番はないだろう。居心地は良くはならないがすぐに慣れて、あまり周りに触れないように店内を見て回れば、本当にいろいろな種類の時計があった。
(あ、これ、にあいそう)
誰に、とつかない時は、だいたい知らないうちに又兵衛のことを考えているときだ。自分の欲しい時計より先に、彼に似合いそうなものを見つけてしまう自分の頭は素直だと思う。
買うつもりはないが、なんとなく値段をみると、ゼロの数が多すぎて数えるのをやめた。いったいたまはいくらの時計を買うのだろうか。
(おれもいつか買ってやろうか)
又兵衛に似合う腕時計を探すのは楽しそうだと、笑みをこぼしたとき、たまも選び終えたようで、店員に後日父親と来店する旨を伝えて店を後にした。
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他に用もなく、たまとは店を出てすぐに別れた。駅の改札を抜けながら、たまが見せてくれた指輪を思い出していると。若、と自分を呼ぶ声がしてそちらをみる。
「若、よかった、会えた」
「又兵衛」
そこには、仕事帰りらしい又兵衛がいた。
「今日は定時で上がれたのか」
「最近はまだ楽な方です。大変なのは来月から」
(来月、忙しいのか)
来月には自分の誕生日がある。でも、忙しいらしい。もしかしたら、誕生日祝いなんてしてもらえないかもしれない。すぐにそんなことに思い当って落ち込みそうになる自分に気が付くから、子供じゃあるまいし、とその気持ちを振り払おうとする。
しかしそんな長政の思いなど又兵衛はお見通しで、大丈夫ですよと又兵衛の声がかかる。
「若のお誕生日は、都合をつけますから」
欲しいもの考えといてくださいね、そういわれて思い出すのは、先ほどたまに見せてもらった綺麗な綺麗な、指輪だ。
(婚約指輪、って言ってた)
そう言って至極幸せそうに笑っていた。
(羨ましくなんかない)
婚約とか、結婚とか、正直まだよくわからない。女々しいことは考えたくない。
(指輪なんて、欲しくない)
けれどもその指輪の先にある約束はどうにも魅力的だった。その人がずっとそばにいてくれるという約束。
「そんなの自分で考えて、俺を満足させてみろ」
我ながら生意気なセリフだと思う。又兵衛が可愛くないなぁと悪態をついた。
ため息をつきながら、たまが必死に腕時計を選んでいた時の真剣な横顔を思い出す。又兵衛は自分のためにあんな顔をしてくれるのだろうか。
「…楽しみにしていてくださいよ」
又兵衛がそういうのに適当な返事をしながら、真剣な顔で、自分に似合うものを選んでくれるのだろうかと考える。
なにもいらないから、その顔が見たいと思った。
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月日の経つのは早いもので、朝が遅く夜が早い。風は随分冷たくなるけれど、長政のマフラーにはまだ又兵衛の香水の香りが染みついている。
今日は長政の誕生日だ。幸いなことに土曜日だったため、家族総出でのお祝いは昼間になった。美味しいものを食べて皆からプレゼントをもらって、父にめいっぱい甘やかされた幸せな時間が終わると、又兵衛が長政を呼ぶ。
「若、出かけますよ」
そういって、勝手に長政の首にマフラーをかけて、コートを着せようとする。
「え、何、聞いてないけど、」
「殿には許可をいただいています」
言われて父の方をみると、にこにこしながら行ってらっしゃい、とこちらに手を振っている。
「でかけるって、どこに」
「いいから」
子供の面倒を見るようにコートのボタンを留められて、何のためらいもなく手を引かれる。
(うわ、)
「デート、ってやつです」
そういう又兵衛は後姿だけれど、耳が赤くなっているのがわかる。
指先から体温が伝わるのは久しぶりで、胸がときめくのに長政は顔をしかめた。
(何か変わるのかな)
18歳になったら、とずっと思っていたことが、胸の真ん中にぽんと浮かび上がってきた。
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その後は本当に普通のデートだった。二人で街中を歩いて、気になる店に入ったり、おしゃれなカフェに入ったり。
ただ、街はもうどこもクリスマス一色で、直前の土曜日だからかそこかしこに恋人たちが並んで歩いている。
ひと月前にたまと入った宝飾店もカップルでかなり込み合っていて、思わず足を止めてしまった。
(お揃いの指輪でも買うのか)
たくさんの幸せそうな笑顔が、眩しい。
「どうしました」
又兵衛に声をかけられて、はっとする。なんでもない、と返事をすると少し早足でそこから離れた。余計なことを考えてしまいそうで、怖かったから。
「どこもかしこも人だらけだから、そろそろうちに行きましょうか」
そういう又兵衛に手を引かれて、あぁ、もう家に帰るのかと少し寂しくなる。
(まだプレゼント、もらってないよ)
ずっと気になっていたことは結局、本人に言えるはずもなく、長政はただ、おう、と返事をした。
(18歳になっても、何も変わらないのか)
まるで、恋人たちでにぎわう街に、追い出されるような気持ちになった。
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「え、又兵衛、うちって」
「だからうちじゃないですか。俺の」
てっきり実家にかえるものだと思っていたから、おどろいた。又兵衛が一人で暮らしているこのマンションには何度も来ているけれど、いつも長政が押しかけてきていたから、招かれるなんて思ってもいなかった。
「え、でも、夕ご飯とか」
「まぁ今日は、俺に任せといてくださいよ」
エレベーターに押し込まれるように乗って、たしか5階の角部屋が又兵衛の部屋だ。
「今日は若の誕生日ですからね」
す、エレベーターがとまって、廊下に踏み出す時、背中に添えられた又兵衛の手にドキドキした。
(もう、6時だ)
門限を過ぎても携帯が鳴らないのは、それを黒田家が承知しているということだ。
(なんだろ、)
又兵衛が開けたドアをすりぬけて部屋に入るとき、何かが変わるような予感がした。しぼみかけた期待がまたむくむくと湧き上がって、でも、期待外れがこわいから、見ないふりをしようと思った。
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又兵衛が用意していた夕食は普通に美味しかった。これでもかと長政の好物ばかりあつめて、昼間とかぶっていないのだから示し合わせていたのだろうか。
デザートには近所の和菓子屋のくずきりと緑茶が出てきた。すでにケーキを食べていたから、これも配慮だろうか。誕生日とはいえ、大切にされすぎてくすぐったい。
くずきりを食べ終えて、少し冷めてちょうどよくなった茶をすすっている長政は、だから油断していたのかもしれない。変化を諦めたほうが心が落ち着いて楽しいから、このままでも幸せだと思ってしまったから。
「若」
だから突然向かいに座った又兵衛が、真剣な声で名前呼んだとき、身構えるのを忘れていた。
少しびっくりして顔を上げると、又兵衛はやはり真剣な顔でこちらを見ているから、長政もつられて真顔になる。
「なんだ」
「今日帰りますか、泊まっていきますか」
時計を見れば早いものでもう9時だ、たしかに帰るならそろそろここを出ねばいけない。なんだかんだ言って好きな人と一緒にいるのだから帰りたいとは思わない。そばにいたい。でも、泊まる用意もしてないし、何より、又兵衛の気持ちがわからない。
何と答えていいのかわからず、考えるふりをしていると、湯呑を持つ長政の指を優しく撫でながら又兵衛が口を開いた。
「帰るなら、今から家に電話してください」
指撫ででいた指が、手首に絡む
「泊まるのであれば、今日、俺は」
又兵衛の親指が、まるで脈を図るように、長政の手首をきゅっとつかんだ。
「若を、抱きます」
瞬間、何を言われているのか理解ができなかった。理解したとき、顔が熱くなった。
「な、又兵衛」
「選んでください」
又兵衛の顔をうかがえば、その顔は真剣そのもので、少し辛そうだった。
「ずるいのは分かっています、でも」
心なしか声も震えているようだ。又兵衛のこんな姿を、見たことがあっただろうか。
「俺は貴方に選んでほしい」
後悔させたくないから、そういって又兵衛は、黙ってしまった。
なんで今日こんなことを言うのか、と思ったのは一瞬で、すぐに分かった。今日だからだ。長政が、18歳になったから。
はっとした。子供扱いされるたびに不満だったけれど、今、又兵衛は大人として長政に選ばせようとしている。
なんだかんだいいながら、自分は又兵衛に甘えていたのだ。自分からキスもそれ以上もせがめなかったのは、その責任を負うのが怖くて、又兵衛が手を差し伸べてくれるのをまっていただけだったのだ。
(でももう俺も、子供じゃないんだ)
選ばなければいけない、これから又兵衛とどういう関係になるかを、今ここで選ばなければいけない。
きっと又兵衛は今まで何もしないことで、逃げ道をくれていたのだ。いつでも引き返せるように。その配慮がありがたいと同時に、痛い。たった一人だけのものになる覚悟だけなら、ずっと、ずっと前からできていたのに。
「バカにすんなよ、又兵衛」
ようやく出た言葉は相変わらず生意気になってしまうけど。
「待ちくたびれた、ばか」
恥ずかしくて、又兵衛の顔が見られない。風呂入ってくる、と席を立った意味を、きっと又兵衛は理解しただろう。
(やっぱり変わるんだ)
不安より期待が大きいことが、嬉しかった。
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いつもより念入りに体を洗って外に出ると、いつの間にかそこに着替えが置いてあった。新品のパンツの袋を開けながら、どうせ脱がすのにと自分で思って赤面する。
パジャマはどうやら又兵衛が普段使っているもののようで、袖を通すと少し大きい。
(またべえの匂いがする)
それに気が付いてしまうともうだめで、リビングに抜けるころには随分気疲れした。
「出たけど」
「っ!あぁ」
そう声をかけると、又兵衛がソファから立ち上がって浴室へ向かう。気恥ずかしくて、会話はない。ただ、すれちがうときに、ベッドで待っていてください、とだけ又兵衛に言われて、いよいよだと長政は改めて覚悟を決めた。
又兵衛のベッドルームは綺麗に整えられていて、間接照明まで置いてあった。ベッドわきの小さな棚には難しそうな本が沢山詰まっている。読んでいる本が棚の上に置いてあるからタイトルを読んでも、ペラペラめくっても長政には難しいことしかわからなかった。
ベッドそのものも綺麗に整えられている。今日ここで自分はどんな風になってしまうのだろう。すこしだけ、怖い。
はぁ、とため息をつくと、ガチャリと扉の開く音がした。予想以上に肩がはねたのごまかすように入り口を見ると、上半身裸でタオルと首にかけた又兵衛がいた。幼いころよく見ていたそれとは違う男らしい体に、思わず釘づけになる。
「あんま見ないで下さいよ」
そう言いながら又兵衛は長政に歩み寄る。頬に右手が添えられて、又兵衛の顔が近づいてくる。
「もう、逃げ道はないですよ」
「必要ない、そんなもの」
そう返事をして目を閉じると、唇に暖かくて柔らかいものが触れた。これから自分は又兵衛のものなる。
そして又兵衛は自分のものになるのだとベッドに沈みながらそう思った。
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それからあとはもう又兵衛にされるがままだった。
誰にも触れられたことのない肌に又兵衛の手のひらや唇が触れるたびに腰が浮く。思わず出そうになる声を我慢しようと唇をかめば、血が出るからと口づけでたしなめられた。
いつもは若、と呼ぶくせに、こんな時ばかり長政と名前を呼ぶから嬉しくて、返事の代わりに自分も何度もまたべ、と名前を呼んだ。名前を呼ぶしかできなかった。
どろどろに溶かされて、肌と肌の境目がわからなくなるかと思った。流石に最初から挿入とまではいかなかったけれども、自分でも触れたことのない部分をしつこく責められて、又兵衛の指の形を覚えてしまうのではないかと思った。
「気持ちいいか、長政」
敬語も抜けた又兵衛にそんな風に聞かれると感じすぎてしまう。素直に気持ち良いなんて言えないでいると、感じるところを強く刺激されるからたまらない。
「やぁ、だめ!きもちぃ、きもちいからぁ!」
もう許して、と泣きながら言えば又兵衛は雄の顔でにやりと笑う。そのギラついた瞳はどこかで見たことがある気がした。
日付を超える前に限界がきて、へとへとの体で眠りについた長政は疲労の奥に満ち足りた様子のある顔をしていた。
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「ん、う…」
目を覚ますと目の前に胸板がある。途端に昨晩のことを思い出して、顔に熱が集まってくる。
体もベッドもさらさらしているから、あのあとしっかり世話をしてくれたのだろう。
(うわ、恥ずかし)
「起きましたか」
羞恥に身もだえていると、つむじのあたりから聞こえてくる声。寝起きのせいですこし低いから、頭に響いてゾクゾクした。見上げた又兵衛の顔がなんだか昨日よりかっこよく見える気がして、俺は乙女かよ、と奥歯をかみしめた。
「…おはよ」
「おはようございます」
額に口づける又兵衛の眼差しがまだ優しくて、戸惑う。
「若が起きたなら、朝ご飯作ってきますね」
そう言って離れていく体温が惜しくて、思わず腕をつかんでしまう。その自分の指に、見慣れない何か。
「…え」
長政は自分の左手に釘付けになった。その薬指にはまるのは。
「…昨日若が寝てすぐつけましたから、誕生日には間に合いましたよ」
「ゆび、わ」
小さな石の入った黒い指輪がそこにぴったりとはまっている。
「やっぱり、良く似合う」
はっとして、又兵衛の顔を見れば、とても優しい顔をしていた。指輪に視線を戻すと、この世のどんな指輪よりも自分に似合うように思えた。又兵衛が選んだのなら。
「ありがとう」
欲しいものを、すべてもらった気がした。
「大事にする」
長政が微笑みながらそういった瞬間、その体は又兵衛に抱きしめられて、二人の体はベッドにもどった。
「俺も大事にします、若」
又兵衛の腕にきつく抱きしめられながら、長政は薬指の指輪に優しく口付けをした。
どうかこれから、二人が離れてしまわないように。
ずっと一緒にいられるようにと、願いを込めて。